IN Wonderland
~コスタ・デル・ソル in ストライフ一家~
<10>
 
 ヴィンセント・ヴァレンタイン
 

 

  

「ここ?……なんか何の変哲もない部屋の中に見えるけど」

 クラウドがゆっくり辺りを見回してそう言った。

 スペースシップから下り立って、目の前に現われた不思議な屋敷の扉を開けたところだった。

 その部屋は続きでキッチンになっている様子で、かまどにはフライパンや鍋が載っている。しかし、料理の主はどこにも居らず、カラフルな台所はしんと静まりかえっていた。

 

「ねぇねぇ、ヴィンセント、猫ドアがある。面白いね、鍵も付いてるよ」

 クラウドが部屋の前方にある、小さな扉を指さしてそう言った。

「なるほど小さな扉だな。しかし……このキッチンから行ける場所はないのだろうか。見たところこの小さな扉しか見当たらないが……」

 そう広くもない愛らしいキッチンダイニングから、続く部屋への扉は見つからない。

 

「そもそもアリスという少女はどこにいるんだ。俺たちの使命は彼女を守ることなのに」

 レオンが苛立たしげにそう言った。

「ヴィンセント、『不思議の国のアリス』ってどんな話なの」

 と、クラウドが訊ねてくる。

 一言で話すには難しいが、私はなんとか話をかいつまんで説明した。

 

「ってことは、時計を持った白ウサギの後に付いていけばいいんじゃない?」

 クラウドがレオンに言う。しかし、この部屋は私たちだけで、しかも行き止まりになっているのだ。白いウサギなど見つかりはしない。

「テーブルの上に何やら置いてあるな。飲み物……?薬か何かか?」

 私はさっきから気になっていた、ピンクと黄色の星のマークでペインティングされたビンを手に取った。

「……メモがある。『この薬を飲むと小さくなります』」

「なんだ、何かのいたずらなんじゃないか?小さくなってどうするのだ」

 レオンが眉間にしわを寄せて、薬を睨め付けた。

「あ、でもさ、ヴィンセント。小さくなったら、猫ドア使えそうじゃん?あの扉の向こうへ行けるよ」

 クラウドが私の手からビンを取り上げて、めずらしそうに眺める。

「飲んでみよっか?ここでこうして立ち話していても埒があかないし」

「クラウド……大丈夫なのか?」

 注意深くレオンが言う。

「大丈夫、毒じゃないだろ。じゃ、飲んでみる」

 

 

 

 

 

 

 ごくんと喉を鳴らせてクラウドは、薬を一口飲んだ。

 するとなんと不思議なことに、クラウドが親指ほどの大きさに変じてしまったのだ。

「すげー、本当に小さくなっちゃった。不思議~」

 小さなクラウドはちょこちょこと、小さな扉に近づくと、あっさりとそれを開く。

「向こうに繋がってるよ。ヴィンセントとレオンも飲んでごらんよ。三人なら、異世界へ続いてても大丈夫だろ」

 あくまでもポジティブにクラウドが言った。

「そ、そうだな……早くしなければ任務が……」

「レオン、身体に害はなさそうだ。私たちも飲んでみよう」

「だが、元の大きさに戻るにはどうすればいいんだ?小さくなったままということは……」

「あーもー、レオンってば、ぐちゃぐちゃ考えすぎ。何とかなるから、さっさと飲んでウサギ探そう」

 クラウドの一言で、ようやく私たちは勇気を出して、薬を口に含んだ。

 一気に飲み下す。

 すると、クラウドと同じように、私たちの身長はどんどん縮み、元の身体の親指程度の大きさになってしまった。

 

「す、すごいな……あの小さな台所が広場のように見える」

 上を仰ぐように眺めて私は感心した。

「とりあえず、この場所には用がないんだろ。白いウサギだったっけ?それを見つけ出さないと……」

 クラウドの言葉に、私たちは頷き返した。

「レオン、ヴィンセント、この扉の向こうに行ってみようよ。この身体ならくぐり抜けられるよ」

「よし、わかった」

 と、レオン。

「先頭は俺が行くから、レオンはしんがりね。ヴィンセント、気をつけて歩いてよ」

 過保護なクラウドが、私を間に挟むようにして、扉を開いた。

 いっきに三人でくぐり抜ける。

 

 すると……

 するとそこには、花畑のような野原が広がっていたのだ。

 いや、正確に言うならば、もとの大きさであったときならば、『花畑』と認識できたであろう。

 今の私たちは、薬のせいで小さくなっているので、一面の草に被われた森の中に放り出されたような気分であったのだった。