〜 出逢い 〜
〜 神羅カンパニー・シリーズ 〜
<1>
 クラウド・ストライフ
 

 

 

 

 

 

 

 ……はぁっ……はぁっ……はぁっ……!

 

 どこまでも続く、迷路のような廊下。

 村の学校のような木造りの鄙びた建物ではない。冷たそうな鉄筋で出来た巨大な建物。

 いくら走っても、おれの目的の場所へは行き着けないのではないか……ああ、そんな気分にさえなってくる。

 

 ああ、どうしよう!! どうしよう!!

 今日が初日なのに!! 入社式に遅れる新入社員なんて、それだけで0点どころか、マイナス点になっちゃう。

 おれっていつもこうだ。

 大事な日、大切な約束、大きなイベントがあるときは、決まってお腹がゴロゴロしてくる。だんだんゴロゴロはズキズキになって、トイレに行かないと落ち着かなくなるんだ。

 入社試験の時だって、受験票とレポートをちゃんと鞄に入れておいたのに、いざ出陣!というときに、ミルクをこぼして慌ててバッグを変えた。濡れてしまった受験票をテーブルの上で乾かしておいて……見事に忘れたのだ。

 ほとんど半ベソ状態になっていたおれのレポートを、試験監が受理してくれたからよかったものの、本来なら受け取ってもらえなくても不思議はなかった。

 ……合格通知が来たときは、誰かと間違えているんじゃないかと本社に電話をしてしまったくらいだ。

 ああ、でも、やっぱりおれはダメダメで。

 こんな大事な日に式場への道が解らなくて、廊下を走り回っているバカなんておれくらいのものだ。

 

「はぁっ……はぁっ……はぁっ……」

 寮にはもう誰もいなかった。

 神羅には社員寮があって、事前に部屋の割り振りが決められている。ほとんどが三人部屋で、新入社員ふたりと、先輩にあたる一般兵や下位ソルジャーの人が組み合わせになる。

 おれの名前は、名簿のずっと後ろのほうに載っていて、「ザックス」という人と同室になっていた。

 人数割り振りの問題だったのだろう。

 ルームメイトはその「ザックスさん」だけで、同級生はいなかった。同室の人は先輩だから、きっと仕事だったのだろう。おれが荷物を部屋に運びこんだ時にもいなかったし、トイレに往復して、式場へ行き損なった今も、姿を現してはいない。

 もちろん、ザックスさんが悪いわけじゃない。田舎町から出てきたばかりで、時間の読みを謝った自分がいけないんだった。

 おれがようやく本社に辿り着いたとき、すでに新入生とおぼしき者たちは、皆支給された制服を身につけて、ぞろぞろと列をなしていたのだ。

 友だちを作るどころじゃなかったけど、慌てているおれを見て、「急いだ方がいいぞ」と声を掛けてくれる同級生が居たことは嬉しかった。

 

 

 

 

 

 

「あ、あれ……どこだ、ここ…… ど、どうしよう……もう……」

 長い中庭のスロープを抜けて辿り着いたのは、ひときわ瀟洒で高級感のある建物の前であった。

 式場は研修棟と本社の間にある円筒形の建物と聞いていた。ここじゃないことだけはわかる。

「ああ、もう始まっちゃうよ…… どうしよう……」

 目の奥が熱くなって、だんだん前が見えなくなる。

 バカ! 泣いてる場合じゃないのに!

 どうしておれはこうなんだろう。グズでおっちょこちょいで、一生懸命やっているのに、みんながきちんとできることをクリアできない。

 ニブルヘルムに居たときだって、いつでも……

 

 突っ立っているとどんどん悲しくなってきて、どんぞこまで落ち込みそうだった。

 そうなんだ、こんなところでのんびり泣いている時間はない。神羅に入って、ティファやみんなに見直されるくらいに頑張るんだ。セフィロスみたくなりたいって、あんなに誓ったじゃないか!!

 おれはタッと踵を返し、無我夢中で走った。

 

 ドンッ!!

「きゃッ!!」 

 何かに体当たりして初めて、ほとんど前を見ないで走っていたことに気付いた。

 ぶつかったものは微動だにせず、おれだけその反動で吹き飛ばされる。だが、なぜか尻餅を着かずに済んだのだった。

 ぶつかったモノは人間で、その人がおれの背中を抱き留めてくれたから。

「……おい、大丈夫か?」

 耳元で響く低い声に、ギュッと瞑っていた目を開ける。

「………………」

「どうした? どこか痛むのか?」

 背の高いその人は、腰をかがめるような姿勢で、おれを覗き込んでいた。

 ……この人……

 ……この人…… あ、あれ……? も、もしかして?

 『セフィ……ロス?』

 この人……あの……セフィロス……?

 雑誌や本でしか見たことなかったけど……ああ、でも、ノートにスクラップしたあの新聞の顔だ……

 この人、本物のセフィロスなんだ……だってここはニブルへイムじゃなくって、ミッドガルの神羅本社ビルで……

 ソルジャーのセフィロスが居てもおかしくはない。