〜 修習生・研修旅行 〜
〜 神羅カンパニー・シリーズ 〜
<1>
 ザックス・フェア
 

 

 

 

 天を突く勢いで高々と持ち上げられた、黄金の右手。

 そのあまりの勢いの良さ、清々しさとは対照的に、その場に居た一同は深い溜め息を吐き、頭を振った。

 ああ、いや、ひとりだけ挙手した人間のとなりに座っている紅コートの男だけが、さも楽しそうにヘラヘラと笑っていたのだった。

「いや……あの……セフィロス……」

「はいッ!はいッ!」

「いや、だから『はいッ!』じゃなくてな……」

「はいッ!オレが行く、オレがッ!!」

「……おい、静かに話聞けよ、セフィロス……」

 紅コートの男とは逆となりに座っていた俺は、げっそりと項垂れたまま、黒コートの男の腕を引っ張った。

「うるせェ! 邪魔すんな! 貴様だけいい思いをしようと考えても無駄だ!」

「いや、あの、そんなんじゃないから……」

 霞んで消えそうな声音で抵抗する俺だが、英雄の声はおさまらない。え?何で小声で注意するのかって?決まってんだろ。恥ずかしーんだよ!こんなくだらないことで!

「ほ、ほら、座れよ、セフィロス」

「放せッ! クソハリネズミ!だいたいおまえというヤツは、分不相応にもあの子と……」

「い、いや、あの、ちょっと……いいだろうか、セフィロス」

 ようやく割って入ってくれたのは、統括のラザードであった。長身にストライプのスーツがよく似合う優男だが、ソルジャーの統括だけあって、非常に切れる人物である。

 ……いつもは。

 さすがの統括にとっても、クラス1st、神羅の英雄と呼ばれるセフィロスは、扱い難い難物として映っているのだろう。かなりうんざりとした様子が見て取れる。

「……ええと、まず今日の会議は2ndが中心で……1stは参加してもらう必要がないという前提があるのだが……わかっているだろうか」

「ああん?出ちゃいけないのかッ!? オレだけじゃなくてアンジールや変態詩人もいるだろう!?」

 まさしく吠える銀色狼。ラザードでなくとも一歩引くというものだ。案の定会議室に呼ばれた2nd&3rd、十余名ほどは完全に凍結している。ああ、俺もその中のひとりなのだが、幸か不幸かセフィロスとは付き合いがあるのでビビッたりはしないが。

「い、いや、アンジールには人事の采配に協力してもらうつもりで同席してもらったんだが…… その……君とジェネシスは……」

「ケッ! アンジールだけは特別だってのかッ? ヒイキだなッ、この野郎!」

「ひいき、ひいき〜」

 ジェネシスが小声で調子を合わせる。……なんつー最悪コンビなんだか。

「いや、あの、そういうことではなくてだな。人事的な問題だ。今回の任務に1stの出番はない。もちろんアンジールにも事前の采配に助力してもらうだけで、当日同行してもらう予定はないのだ」

 声を励ましてラザードがきっぱりと言った。さらになにか言い返される前に言葉を続ける。

「だいたい私としてはこういったことは、ソルジャーに協力要請するまでは良いが、スクール・エデュケーションで一切の手配をすべきであって……」

「内部事情なんざどうでもいい」

 あっさりとラザードの言葉をぶった斬ったのは、空気を読まない英雄であった。

「ゴ、ゴホン……あ〜、だから。要は教育機関の方だけでも事足りるような仕事なのだ。そもそも危険があるわけではないし。一応研修旅行の名目ゆえ、セキュリティ管理は下位ソルジャーから数名出せば、充分に事足りる!」

「ああ、そうだな。修習生の研修旅行に1stが同行したなどという前例はないしな」

 ラザードを加勢するように、アンジールがわざとらしく咳払いをしつつ言葉を重ねた。

「前例前例って貴様は国会議員かッ!? どうしてそう頭が固いんだ、このオヤジキャラが!」

「オ、オヤジ……」

 気にしている容貌をつっこまれて、アンジールは力なく黙り込んでしまう。

「いや、そういうんじゃないだろ、セフィロス。アンジールが言っているのはいちいち最もだぞ?」

 当然、俺だってアンジールに加勢するのだ。別に彼のほうが親しいからとかそういうんじゃない。ぶっちゃけ英雄と一緒に旅行なんかもう二度とゴメンだからだ。

 ……しかもクラウド付きの。

 いや、今回は修習生が主役の研修旅行だ。

 もちろん、俺も入社してすぐに参加した。毎年一回、カリキュラムに組み込まれているのが特色で、一年目のそれは同級生同士の懇親会も兼ねた、いわば「研修」より「旅行」的要素の強いものなのだ。

 普通の学校と違って、神羅のは軍学校……つまり軍人としての予備軍が修習生になっている。同期のつながりがとても強いのは、共に厳しいカリキュラムをこなし、こうして一緒に生活する時間が長いからだとそう感じる。

 俺も同期のカムランたちとは今でもよく飲みに行く間柄なのだ。

 

 

 

 

 

 

 ……おっと、話が逸れたな。

 だいたい今までの流れから想像がつくだろうが、今年入社の修習生の研修旅行の日程が迫っているのだ。

 新入生は、AからFまで6クラスあるのをふたつに分けて旅立つ。一クラス30名程度だから、計100名の修習生が同行することになる。

 山へ分け入っての薬草摘みやサバイバル風の飯炊き(こいつは実はとても重要なスキルなのだ!)、応急処置の応用編などが予定に組み込まれているので、指導係のソルジャーが護衛をかねて数名同行する。

 ……今、もめているのは先発隊A〜Cを引率するソルジャーのことであった。

 

 いや、あの、コレ、普通ならもめるようなことじゃないから。

 ラザードがちゃっちゃっと決めて、担当ソルジャーに連絡が入り、後は引率に決まったソルジャーと教官が打ち合わせをして引き継ぐというだけのことだ。

 今年も何の問題もなくあっさりと決まるはずだった。それぞれのスケジュールの調整を行っているラザードが、日程的に余裕のある2nd、3rdをミーティングルームに呼び集めたはずだったのだが……

 招かれざる闖入者のおかげで、こんなつまらん会議に一時間以上缶詰だ。

「セフィロス、すまないが、君とジェネシスは本社に控えていてもらいたい。今週末は重役会議も入っているし、状況によってはすぐに現地に飛んでもらう場合もあるだろう」

「なんだ、対ウータイ戦線のことか!? それなら先月大まかな決着はついたろ? 小規模なゲリラ戦程度なら、わざわざ1stの出番じゃないだろうが!」

「そうだな。だが修習生の護衛よりは出番があるのではなかろうか」

 さすが、腐っても統括。ソルジャー人事担当者だ。

 間髪入れない反論に、さすがのセフィロスもグッとつまった。そりゃそうだろう。誰が聞いてもラザードのいうことのほうが正論なのだから。

「だ、だが……よ、よし、それじゃあ、その日は有休!」

「いや……セフィロス……おまえ、今期の有休はもうないぞ。数日間ニブルヘイムに行ったろ? それからメディカルセンターにずっと居続けで……」

 なぜか申し訳なさそうにアンジールが言う。

 居続けってアホか。花街じゃあるまいし。

「あっはっはっ、しまったなァ、セフィロス」

「ヘラヘラするな! 貴様だって似たようなもんだろ!」

「そうだよねェ、仕方がないから、俺はお仕事するよ」

「おい、軟弱者、あきらめるのかッ!」

 この場で唯一の味方のはずのジェネシスはあっさりと投降した。

「えーあー、まぁ、仕方ないじゃないか。ラザードも大事な友だちだしさ。この前は無理やり休暇認めてもらっちゃったわけだし」

 『廊下に放置していったくせに……』とラザードが小声でつぶやいた。

 ……まぁ、その……俺もこの一件に関しては俺も偉そうなことを言える立場ではないのだが……

 ジェネシスとセフィロスは、ニブルへイムに行くためにほとんどごり押し……というか、休暇届を廊下に放置して旅立った強者なのであった。もちろん、後に残されたラザード他アンジールら、統括部に近い連中はさぞかし困惑したことと思われる。

「えー、それではソルジャーの割り振りは渡した資料のとおりだ。何か質問のある者は? なければ後は教務の係官の指示に従ってくれ。不都合が出た者は事前に連絡してくれれば対処する。基本的にはソルジャーの仕事が優先だ。……以上」

 畳みかけるように言い放ち、ラザードはさっさと席を立った。前回のシーウォームの湾岸封鎖の件では、みごとセフィロスに押し切られたため、ヤツの傾向と対策を学習したのだろう。

 2ndと3rdのソルジャーらも、わらわらと席を立つ。中にはセフィロスに憧れていて話しかけたそうにしている連中もいるが、今の英雄に声を掛けられるヤツはいなかろう。

 ギリギリと眉をつり上げ、人を殺せそうな眼差しで統括をにらみつけているのだ。

 もちろん当のラザードは、先の予定も詰まっているのだろう。さっさとデスクの上の書類をまとめ、退出するところであった。