〜 修習生・研修旅行 〜
〜 神羅カンパニー・シリーズ 〜
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 ザックス・フェア
 

 

 

 

 

 

 

「ええと、それじゃ、次の問題いくぞ。『最大多数の最大幸福』というキーワードを残した思想家は誰だ。できればフルネームで」

「あ、えーと、アレ! キーワードは最近授業で聞いたばっかだから……えーとえーと」

「えーと、ほら、アレ……アレだよ、クラウド」

「この前、やったばっかのとこじゃん。えーと、ベ、ベン……ベン……なんだっけ〜」

「なんだ、誰もすぐに出ないのか? 答えを言うぞ」

 と、リーダーの少年。彼はイングスという名だったはずだ。俺の部屋が俺たちの近くなので、よく廊下ですれ違う。

「あ、ちょっ……待って待って……ここまで出てんの!」

 クラウドが身振り手振りを交えて、必死に答えを模索する。

「ほら、アレだよ、アレ!」

「えっとね、あの、あの……」

「残念だな、時間切れだ」

 設問者が時間切れを宣告したので、俺は調子にのって、TVの回答者を真似、ピンポーン!と目の前のボタンを押すような素振りをしてみせた。

「あ、ザックスさん!」

 手前に座っていた眼鏡の修習生が大げさに驚く。

「答えは、ベンサムだよな。ジェレミ・ベンサム。功利主義の創作者」

「はい、正解です。さすがですね」

「んも〜、ザックス、なんで言っちゃうの! おれ、ここまで来てたのに〜」

 ぷくっと桃色の頬をさらに上気させて、クラウドが異議を唱えた。

「うっそつけ。おまえ、『ベンベン』しか言ってねーじゃん」

「なんだよ、バッツ!ホントにここまで出てたもん!」

「ほら、ふたりとも、ザックスさん居るのによしなよ。イングス、次の問題出して」

 目鼻立ちの整った聡明で闊達そうな少年が先を促した。彼はルーネスという名だ。イングスと同室だから、彼も寮のご近所。よく見かけるが、いつも元気にあいさつをしてくれる。

「よし、次行くぞ」

 リーダーであるイングスは、改めてテキストの思想家のページを手繰った。

 

 うんうん、いいメンバーに恵まれたな、クラウド。おまえが乗り物酔いしたときも、周りの連中はすごく心配してくれた。

 となりに座っていたアルクゥという眼鏡の小柄な少年などは、毛布がずれないようにずっと気を遣ってくれていた。リーダーのイングスはあまり感情をあらわさないキャラクターらしいが、この場所に到着してから、ずっとクラウドの体調を気にしていた。

 ルーネスは寮ではなじみだし、性格は俺もクラウドもよく知っている。面倒見のいいやさしい少年だ。悪ガキキャラのバッツも、リーダーの優等生、イングスと、このルーネスには頭が上がらないようだ。

 

「しっかし、おまえら、おもしろい勉強の仕方してんな」

 俺は気分をよくして彼らに言った。

「あ、すみません、うるさかったですか? ザックスさん」

 明敏なルーネスが先回りして謝罪する。

「いや、それは全然気にしなくていいけどよ。仏頂面してデスクに向かってる班もあるし、机組とベッドに分かれて、それぞれ自由にやってるところもあったしな」

「ええ、最初は好きなように勉強しようと思ったんですが、せっかくの機会ですし、お互いに教え合えればよいかと思いまして」

 優等生のイングスがテキストを揃え、とんとんと机でまとめながらそう言った。

「パンキョウなんざどうせ暗記しなきゃならないんだから、今やっちまおうってな」

 とバッツが引き取る。落ち着きのない悪ガキバッツなんざ、こんな機会がなければ、暗記教科は一夜漬けでいくつもりだったのだろう。

 いやいや、そいつは甘めーぜ、おまえら。

「いいんじゃね? 先輩からハッキリ言わしてもらうけど、一夜漬けは効かねーぞ、おまえら。試験は範囲の中からまんべんなく出るしな。一晩で覚えきれる分量じゃないだろ」

「やれやれ、それなのに、いったい何教科あるんだっけ。神羅の修習生はキツイって聞いてたけど、本当だったね、イングス」

「……当然だ。それくらいでなくては、研修期間を終えて、まともな任務に就くことなどできん」

 四角四面の答えだと思ったが、クラウドはこくこくと班長に向かって頷いた。。

「う、うん、そうだよね、イングスの言うとおりだよね。おれも頑張んなきゃ」

「クラウドは頑張ってるじゃないか。宿題忘れたこともないし、おたふくで入院したときのプリントだって、全部提出したんだろ」

 ルーネスが、隣に座っているクラウドの肩をぽんと叩いて励ました。

「う、うん……でも、おれ、遅いから。時間すごくかかっちゃうし」

「例え時間がかかろうと、提出物に間違いがあろうと、自力で最後までやり遂げるというのが重要なのではないか。そういう意味でクラウドには見習うべき部分があると、俺もそう思う」

「僕も、僕も!」

 班長のイングス、アルクゥの順番でそう言われ、クラウドはポッと頬を染めた。照れているのが隠せないヤツなのだ。

「ベーコンが『知は力なり』と言っただろ。自分の無知や無力を知るということも、いずれは自分の力につながると思うんだ。頑張ろうぜ。……よし、それじゃ次の問題、行くぞ」

 イングスがそう言いながら、もう一度テキストを開いた。

 うわぁ〜……この子、大人ですわ、コレ、班長。

 今年入社の修習生なんだから、クラウドと同い年か、いってても16才くらいだろ。編入じゃなくて、新入社員としての修習生なら、14才〜16才の少年が対象になるんだから……

 コレ、もう英雄とか比べものにならないんですけど。遙かにこっちの子のほうが大人なんですけど……

 クラウドにとっても、ガキがそのまま大人になったような邪魔なオッサンよりも、ずっとこの班長さんのほうがお似合いだと思うんだけど……

 いやいや、仮に男が相手だったらって話しだよ? セフィロスよりは遙かにマシって話で……クラウドにはティファちゃんが居るんだから。

 

「ソルジャー・クラス2nd、ザックス。まだ何か用がありますか?」

 当の班長さんから声を掛けられ、思わず俺はつぶやいていた。

「いや、おまえ、大人ですわ、コレ……」

「は?」

「あ、い、いや、なんでもない、なんでもない! ええと、それじゃ午後6時になったら、宿舎前に集合な。時間の変更はなしだ」

「はい、第5班、了解しました」

 幼くも、フリフリと手を振るクラウドに頷き返して、俺は部屋を出た。

 いやはや、最近の修習生はしっかりしてますね〜。というより、むしろだらけ過ぎのソルジャークラス1stの連中とつきあいすぎて、俺の感覚がおかしくなっているのかもしれない。

 しかし、自分が15、6才の頃は、さっきの班長さんほど、しっかりはしていなかったァと過去回想しつつ、割り当てられた教務室へ戻った。