〜 告 白 〜
〜 神羅カンパニー・シリーズ 〜
<12>
 ジェネシス
 

 

 たぶん、距離にして百メートルくらいは泳いだだろう。

 俺はチョコボっ子のツンツン頭をポンと叩いて、声を掛けた。

「チョコボっ子。もういいよ、よく頑張ったね」

「ぷはっ! え…… わっ!」

 言われるままに立ち上がったが、彼にとっては水深がありすぎたのだろう。慌ててバランスを崩したところ、セフィロスが待ってましたとばかりに、勢いよく抱き上げた。

 

「きゃあ! セ、セフィロスさん!」

「クラウド! 偉いぞ、上手に泳げたな!」

「え、あ、あのッ……」

「ほら見てごらん。距離にして百メートルは超えたな。どうだ?疲れているか? 身体の感覚は?」

 セフィロスに抱っこされたままのチョコボっ子にそう訊ねると、彼は信じられないというような面持ちでスタート地点を眺め、もう一度俺を見つめた。

「……あんまり……疲れてない……です。さっきまでのほうが……ずっと…… 背中も痛くなったし、お水飲んだりも……」

「そうだろう? ザックスの言ったように、水泳はまず正確なフォームからなんだ。息継ぎのときに、大きく形が崩れてしまっていたから、結果的に疲労がすぐに溜まったのだろうし、進みも遅かった」

 さりげなくザックスのフォローを交え、俺はチョコボっ子に説明した。

「ハ、ハイ…… あの、ジェネシスさん。ありがとうございます! 本当に……おれ……こんなふうに泳げるようになるなんて……」

 チョコボっ子は涙もろい子供らしい。大きな目にじわりと水たまりを作り、途切れがちな声で礼を言ってきた。

「別に。俺は少しばかりザックスの手助けをしただけさ」

「いや、アンタにこんな指導力があるなんて驚きだ。俺からも礼を言うぜ、ジェネシス」

 素直で公正なザックスにまで礼を言われ、いささか居心地が悪くなる。チョコボっ子が泳げようが泳げまいが、俺にとってはどうでもいいことだったし、たまたま目についたから、軽くアドヴァイスをしただけなのだ。

 むしろクラウドのためというより、一生懸命なザックスの手助けという意味合いのほうが強かった。

「よかったな、クラウド。おまえは本当に努力家でいい子だな」

「セ、セフィロスさん……恥ずかしいです……」

 抱きしめられ、頬を擦りつけられ、さすがに幼いチョコボっ子も恥じらった。だが、それより泳げるようになったことのほうが嬉しかったのだろう。

 自分のことのように喜ぶセフィロスにしがみついて、今までで一番素敵な笑顔を見せてくれた。

「サマーバケーションには、一緒に泳ぎに行こうな! コスタ・デル・ソルなんかもいいな!」

「コ、コスタ・デル・ソル? あの高級リゾート地の……ですか?」

「ああ、おまえはまだ行ったことがないだろう? 一緒に行こう!」

「え、そ、そんな、おれなんて、そんなスゴイところ……」

 子供とはいえ、小遣いを貯めた程度じゃ、日帰りさえもできない場所だと理解しているのだろう。チョコボっ子は大きく目を瞠った後、困惑したふうに首をかしげた。

「オレがおまえを連れて行きたいんだ。海もここよりずっと広くて綺麗だ。泳ぎがいがあるぞ!」

「あぁ、そうだねェ。じゃ、俺も同行させてもらおうかな。もちろんザックスも来るよな? ああ、心配するな。費用はどうせ英雄持ちだ」

 普段なら怒鳴りつけられるであろうセリフだったが、今日のセフィロスは機嫌がいい。

「仕方ねーな。おまけども」

 と偉そうに宣うと、同行を許可してくれたのであった。

 もっとも、コスタ・デル・ソルには、俺とセフィロス名義で借りている別荘があったし、大して滞在費はかからないのだ。

 

 

 

 

 

 

 帰り道。

 行きとは異なり、四人で歩く。

 前の方に、セフィロスとチョコボっ子。後ろを着いて歩くのは、俺とザックスだ。

 あたりまえといえば至極当然なのだが、前のふたりのテンションはMAXだ。

 百メートル以上もの距離を、苦手だったクロールで泳げたチョコボっ子。そのチョコボっ子に恋をしているセフィロスの組み合わせなのだから。

 

 クラウド少年はまさしくチョコボの雛のごとく、ぴょこぴょこ跳ねるようにして歩いている。短めのパンツからすらりと伸びた白い足は、特に彼に興味を抱いていない俺を持ってすら、綺麗だと素直に認めさせる健やかさだ。

 あらためて眺めてみると、同年代の子供よりも、やや小柄だが、金髪の少年はこの上なく、美しく可愛らしい容姿をしていた。

「なに、じろじろ見てんだよ。ジェネシス」

 無愛想な声が横っちょから飛んでくる。言わずと知れたザックスだ。彼は、前のふたりとは対照的に、ぐったりと疲れ切っているように見えた。

「じろじろって? 別に見ていないだろ」

「俺のことをじゃねーよ。アンタまでクラウドに色目使うのやめてくれ」

「心外だなぁ、ザックス。俺の心の恋人は、地下室の女神だけだよ。ただ、チョコボっ子も可愛いなと思ってさ」

「ふぅ……」

 深いため息に、俺は今度こそ、彼の顔を覗き込んだ。

「どうした、ザックス? チョコボっ子のことが心配なのはわかるけど、セフィロスだって、さすがにこんな往来でちょっかい出したりはしないさ。……ああ、まぁ、今日はおまえたちのデートの邪魔をしてしまったからね。それは申し訳ないと思っているけど」

「いや……別にそんなんじゃねーよ。それより、ありがとうな、ジェネシス」

 あらためて礼を言われ、俺は驚いた。それが顔に出ていたのだろう、ザックスはそのまま言葉を続けた。

「クラウド……ここのところ、研修が忙しかったせいかあまり元気がなかったんだ。あんなに嬉しそうなアイツを見るのは久しぶりだ」

「…………」

「クラウドが泳げるようになったのはアンタのおかげだ。ありがとよ」

 そんな風に言われて、いささか気が咎める。

「いや、よけいな手出しをしてしまったと思っていたんだ。別に俺が手を出さずとも、おまえがコーチしてやっている間に泳げるようになったと思うよ」

 セフィロスの後を追いかけて、ストーキングに手を貸しても、ザックスとチョコボっ子の前に顔を出すつもりはなかったのに、今日の行動は予定外だった。

「いや、やっぱアンタのおかげだよ」

「……いやだなァ。おまえにそんなふうに礼を言われると、困ってしまうよ」

「なんだよ、それ?」

「だって、俺は別にチョコボっ子のために手を貸したわけじゃないんだから。どちらかというと、あの子が泳げるようになって、おまえが嬉しく思ってくれるほうが、俺としては良い気持ちだ」

「…………?」

「だから、チョコボっ子のためじゃなく、俺がおまえを喜ばせたかったんだよ」

「……アンタなぁ」

「俺はザックスのことが大好きなんだよ。おまえはいつもアンジールばかりひいきするけどね」

「……ハァ、やれやれ。アンタ相手にまともに礼を言った俺がバカだったよ……」

 そういうと、ザックスは話は終わりというように、視線を前に戻した。

 その前方では、巨躯の英雄と、チョコボの雛が、仲良くお手々を繋いでいる。

 セフィロスがやや腰をかがめ、チョコボっ子は背伸び状態だ。

 頬を桜色に染めて、きゃっきゃっと笑いかけるクラウド少年。セフィロスは声こそ上げないものの、これまで見たこともない、幸せそうな面持ちで頷き返していた。