〜 告 白 〜
〜 神羅カンパニー・シリーズ 〜
<23>
 セフィロス
 

 

 

「……おい、その子をこっちへ。ここに連れてきてくれ!」

 少し怒ったようなジェネシスの声が聞こえた。なんだかそれが妙に現実感のない、人ごとのように感じられた。

 

 ……だが、わずかな間隙の後……オレの手に、温かなものが触れた。

 

「セ、セフィロスさん…… セフィロスさん……!」

 濡れたその感覚は、クラウドの頬を伝わる涙だったのだ。こうして動いて会話が出来るのだから、ジェネシスのいうように、クラウドの状態は重篤なものではないらしい。

 だが、殴られた左側の頬は、赤く腫れ上がっていたし、唇の端に黒く変色した血がこびりついていた。

「クラウド…… おまえは……大丈夫か? いや、平気じゃないよな……可哀想に、こんなに腫れて……」

「い、いいえ! お、おれは……全然平気です!」

「……怖い思いをさせてすまなかったな」

 こういってやれることが嬉しかった。なにはともあれ、事件は解決したのだから。

「セフィロスさんと一緒でしたから……大丈夫です。そ、それより、セフィロスさん……怪我が……」

「みっともないところを見せた」

「そ、そんなこと……! そんなこと全然ないですッ! やっぱりセフィロスさんはすごいです。ソルジャークラス1stの英雄ですッ! おれ、感動しました!」

 なぜかクラウドは一気にそう叫ぶと、その場でワーッと声を上げて泣き出した。

「感動……?」

「だ、だって…… お、お客さん、全員逃がして…… おれのこと守ってくれて…… 武器なんて無いのに、この人数を相手に一人で……」

「……オレは軍人だからな」

「お、おれ……セフィロスさんのこと、大好きです! これから先……ずっと一生、目標はあなたですッ!」

 えぐえぐとしゃくりあげるクラウドを宥めようと、身体を起こしかけたがジェネシスに阻まれた。

「ああ、ほら、もういいだろう? おい、その子を連れていけ。念のため、メディカルセンターで頭部のCTスキャンを」

 面倒くさそうに衛生兵を呼びつけると、ジェネシスは素っ気なくクラウドを追い払った。いつもなら、もっと甘やかした態度をとるくせに、妙にキリキリとした雰囲気だ。

 

 

 

 

 

 

「……ジェネシス?」

 肩を抱えられたまま、ジェネシスを見上げるが、やはりこわばった表情をしている。

 この程度のこと、ミッションに出ていれば何度でも遭遇する。オレだけでなく、同じクラス1stのジェネシスなのだから、血みどろで転がっている敵や負傷した味方だって見慣れているはずだ。

「ソルジャークラス1stジェネシス! 医師が参りました!」

 2ndの呼びかけに、

「急げ、こっちだ!」

 と急かす。

「……おい、ジェネシス。おおげさなんだよ。さっきから、おまえ……ちょっとおかしいぞ」

「おかしいのはおまえだ、セフィロス」

 オレの言葉に覆い被せるように、ジェネシスが言い返した。

「オレはいつもと変わんねーだろ。慌てて医者に診せるような状態じゃないと言っているんだ」

 ヤツは、苦情を完全に黙殺すると、医者を近くに呼び寄せた。最近、メディカルセンターに配属されたばかりの年若い医師がオレの傍らに膝をつく。

「君、よろしく頼む。……たぶん、頭を強く打っている。吐き気がするようで自力で起き上がれない」

 オレは一言も説明していないのに、ジェネシスはオレが口を開く前にそう告げた。

 医者は何度か頷き返し、首筋でオレの脈を取った。

「……おそらく脳しんとうです。しゃべれるのならば重篤とは思えませんが、今は動かしてはいけません」

 医師の冷たい手が額に心地良い。だが、その感覚は長くは続かなかった。

「それよりも気になることがあります。ソルジャークラス1stジェネシス、彼の身体を動かないよう、しっかり抱えていて下さい」

「……? わかった」

「看護師、手伝ってください。服の前を開くんです」

 服……?

 ああ、腹の辺りを何度か殴られたから…… だが、たいしたことはなかろう。背は壁に激突したときの打ち身が痛むが、それとて鈍痛を感じるという程度だ。

 オレたちソルジャーは、常人とは異なる身体をもつのだが、いわゆる『常人』である医者は、自分たちの尺度で診てしまう。厄介なことだ。

「……鬱血の痕か?」

 低く呻いたのはジェネシスだった。

「だから……おおげさなんだよ。ナメてかかったら何度か殴られた」

「違うな」

 またもやオレの言葉を、ジェネシスのヤツが否定した。

「そうじゃないだろう、セフィロス」

「なんだよ、つっかかんな、ウゼー」

「……丸腰で……あの子を庇ったからだ。じゃなきゃ、こんなふうに無防備に殴られているはずがない。クラウドを人質に取られて手出しができなかったのだろう?」

「…………」

「おまえは、自分に都合が悪くなると、すぐに黙り込むね」

「うるせーってんだろ!」

「それか怒鳴るかだ」

 オレとジェネシスの言い合いを、果敢にも医者は止めに入った。

「おふたりともやめてください。ソルジャー・セフィロス、あなたは大声を出してはいけません」

「ああ、失敬…… どうにもこの男は強情でね」

 オレは無視を決め込んだが、ジェネシスは苦笑しつつ医者に謝罪した。

「……腹腔内出血の心配はなさそうですね。腹膜が破れての出血ですと、すぐにチアノーゼになりますが、内部だと時間がかかるのです。ですが、打撲がひどい。……背中のほうにもありますね」

「だから、たいしたことは……」

「ソルジャー・ジェネシス。彼の身体をもう少し起こして下さい」

 てきぱきとそう依頼すると、看護師とふたりがかりで、あっというまにぐるぐると包帯を巻き付けてしまった。

 おおげさ過ぎると文句を言ってやりたかったが、苦情を言うのにも疲れる感じだ。それにぶつけた頭が痛い。