〜 めばえ 〜
〜 神羅カンパニー・シリーズ 〜
<1>
 ザックス・フェア
 

 

 

 

 

「ああ、ザックス、セフィロスが一般寮へ行ったぞ。何分前だっけ……ラザード」

 うっかり忘れた資料を取りに戻ったとき、真っ赤なコートを着た、エセ詩人が後ろから声を掛けてきた。

「ミーティングが終わってからだから、まだ十分も経ってないだろ」

「だってさ、ガンバレよ、ザックス」

「なんで止めねーんだよ! アンタら!!」

 いらいらとレジュメの束をを数えつつ、俺は八つ当たり気味にそう言った。

「別に止める理由もないし……止めても聞かないし」

 くすくすと笑いながら、傍らのラザードに、ねぇ?という目線を送るジェネシス。

 セフィロスも困ったヤツだが、俺的にはジェネシスのほうが苦手だ。いつも薄ら笑いを浮かべて、本を片手にふらついている。

 『LOVELESS』とかいう小説に傾倒しているらしく、いきなり序章を暗唱したりするのだ。……ぶっちゃけ、気色悪ィ。

「あー、もう、仕方ねぇなァ! じゃ、俺も今日は戻るわ」

 手早く書類を手繰り、さっさと立ち上がった。本当はちょっとアンジールと話しておきたかったんだけど、彼はミーティングルームに来てはいなかった。

 前回の発言通り(?)、セフィロスはどうやら本気でクラウドのことを気に入ってしまったらしい。

 面倒くさがりで自分勝手な彼が、時間を見つけて図書館に足を運んだり、社食を覗くありさまなのだ。クラウドはまだ研修生だから、勉強のために図書室を利用することが多いし、休暇でなければひとりでは勝手に本社の外には出られない。つまり食事をするのも寮の食堂がメインである。

 だからだろう。

 ちらちらと彼の様子を覗きにやってくるのだ。もっとも今のところは懇意に話しかけようとするのを、俺さまがファインプレーで食い止めているのだが。

 

 

 

   

         

 

「たっだいまーッ!!」

 ノックもせずに自室に飛び込むと、幸いクラウドは部屋に居てくれた。

「あ、ザックス〜。お疲れさま、早かったね」

 そう時計を見れば午後五時を回ったところだ。

 クラウドはまだ研修生だから、おそくとも午後四時にはすべての授業が終了し、後は自習時間となる。だが、ソルジャーの俺は一旦任務が入れば、泊まりがけもめずらしくないし、近隣での仕事でも日帰りできるとは限らなかった。

 幸い、今のところ長期任務に当たっていないのが救いなのだが。

「おう、クラウド。なんだ、もう風呂入ったのか?」

「うん、今日は訓練あったし、シャワー浴びておいたの。晩ご飯はさっぱりして食べたいもんね」

 無邪気に笑うクラウド。

 入社式からまだ一ケ月も経たないが、きっかりとカリキュラムに従って授業が始まっている。訓練はともかく、語学や数学の学科はついていくのが厳しいらしく、ちょこちょこ課題を見てやったりした。

「今さ、宿題やってたんだけどさ〜。疲れちゃったよォ」

 デスクの上に上半身をパッタリと伏せ、あくび混じりに文句を垂れるクラウド。

 初対面のときは、ガチガチに緊張されて、どうしようかと思ったが、一旦気を許してくれてからは、こんなふうに甘えてくれるようになった。

 ……たぶん、こいつはテリトリーの外と内を、きっかりと分けてしまうタイプなのだろう。未知の場所や人間に対しては、まるで生まれたての子猫のように警戒する。注意深く顔色を窺い、決して素のままのおのれを見せないのだ。

 だが、一旦「この人は大丈夫」と認識すると、自己表現が格段に豊かになる。

 思ったことはちゃんと口にしてくれるし、なにより素直に甘えてくれるのが嬉しかった。クラウドは一人っ子だと聞いたが、どちらかというと末っ子気質のように感じられるのだが。

「お、おう。後で見てやるからな」

「や。今、見て、ザックス。宿題終わらないと、ゴハン食べても美味しくないもん」

 ぷくっと頬を膨らませて異を唱えるクラウド。こんな仕草も、本当に弟ができたようで可愛くてならない。

 ……っと、もちろん、俺にはクラウドに対して、セフィロスみたいな感情はないぞ!

 後輩として友人として、とても好ましいというだけだ。恋人はやっぱり女の子がいい!

「ハイハイ、しかたねーなァ。……ま、今部屋の外出ると危険だしな……」

 ぼそぼそとつぶやいた独り言を耳にしたのか、テキストを持ってきたクラウドが不思議そうな顔をした。

「なに? どうかしたの、ザックス」

「いや、別に……」

「あ、そうだ、ねぇねぇ、聞いてザックス!」

 クラウドがぴょんと跳ねるように俺のとなりに腰掛けた。少女めいた白い頬が昂揚してピンク色になっている。

「今度は何だよ。ほれ、早くテキスト持ってこい」

「待って待って。お話、してからね! あのね、今日ね!」

 子供のように一生懸命語るクラウド。

 同級生の間では無口で無愛想で通っているらしいが、どうやら友だちを作るのが下手らしいのだ。だがそんな彼が、俺に対してはこんな風に屈託なく話しかけてくれるのも、俺の自尊心をくすぐった。

「あのね、今日さ。セフィロスさん、見たの! やっぱりカッコイイねぇ〜」

「……え?」

 クラウドは頬を真っ赤になってそう言った。……対照的に俺の顔面は蒼白だ。

「セフィロスって、だっておまえ研修棟で……」

「うん。だからビックリしちゃって。ソルジャー・クラス1stの人なんて、まず研修棟になんて来ないだろうし。誰かに用事でもあったのかなぁ。ちょうど教室移動だったから、おれは後ろ姿だけしか見られなかったんだよね、残念!」

「…………」

「どしたの、ザックス。真っ青だよ?」

 キョトンとした面もちで、俺をのぞき見るクラウド。

 いや、誰かに用事があったのかって……おまえのストーキングだよォォッ!!

 ま、まだ、入社して一ヶ月も経っていないのに!! アンジールの忠告を受けたときは、うんうんと頷いていたくせに!! 結局は股間の欲求に抗いきれず実力行使のつもりか!?

「そ、それで、セフィロスは……」

「わかんないよ。すぐ次の授業始まっちゃったし」

「そ、そうか…… ああ、まぁ、アレだ。研修棟も、上層階にはミーティングルームやレクリエーションコーナーがあるからな。誰かと打ち合わせがあったのかも……」

「研修棟で? わざわざ?」

「うッ……」

「ああ、でも、研修生の誰かと約束してたらそういうところ、使うのかもね。うらやましいなァ〜」

 いや、違うから。

 ヤツが約束したいのは、おまえだからね、コレ。

「さぁてと、ザックス。ね、この問題、教えて」

「え、ああ、うん……」

 ゲッソリと項垂れた俺に気付くこともなく、お子さまクラウドはぐいぐいとノートを押しつけてくるのであった……