〜 めばえ 〜
〜 神羅カンパニー・シリーズ 〜
<9>
 ザックス・フェア
 

 

 

 

 純白の包帯が、ジェネシスの前髪を滑り、額に巻かれてゆく。

 きつすぎず緩すぎず……丁寧に丁寧に巻いてゆく。

 最初は身の置き所無く、オドオドとしていたクラウドであったが、実際に手を動かすことによって、作業に集中してきたらしい。酷く真剣な面もちで、手当を進めていた。

 俺相手に試していた時は、集中していなかったというわけではなかろうが、俄然本腰が入っているようで、これまでのどの時より、様になっているよう見受けられたのであった。

 ……と、そのときである。

 

 俺は慌てて扉のほうを振り返った。

 ……殺気を感じたのだ。

 またもや、ねつい漆黒のオーラである。

 なんだか、最近、こういう嫉妬光線に敏感になってしまった。

 覚悟して面を上げてみると、案の定、食堂の向こうから、ダスダスッ!と向かってくる、黒い影がある。

 ……っていうか、なんであの人、刀抜いてんのッ!? 

 ここ一般寮じゃん? その食堂じゃん? なんで、マサムネが光ってんだよ!!

 幸い身動きのとれないジェネシスと、没頭しているクラウドは、まだ野獣が近づいていることに気付いていない。

 俺は、軽い調子で「ちょっと失敬」と断ると、猛然と部屋の外に向かって突っ走った。

 

 

 

 

 

 

「ちょっ……待った!! 待った〜ッ!! セフィロスッ!!」

「ザックス……貴様ッ」

「いいから落ち着け!」

 俺は全身の力を込めてタックルした。

「どけッ! クラウドが汚されるッ!」

「い、いやいやいやッ! 全然、そういうんじゃないから! ただ単にクラウドの包帯練習の相手してやってるだけだから!!」

 そう説明しつつ、俺は渾身の力でもって、セフィロスの巨躯を人目に付かない場所まで押し引きずっていった。

 そう、ちょうど、相撲取りがするような押し込み体勢で、だ。

「おい、邪魔をするなッ! てめェ! 刀の錆びになりたいのかッ!」

「い、いいからッ……ちょっ……ホント、落ち着けって!!」 

 俺も人よりは力があるつもりだが、この人は2メートル近くもあろうかという長身なのだ。

 しかもパワー満点の英雄である。片手に刀を持っていたせいか、全身で力を込められる俺の方が、ほんの僅かに有利だったというわけだ。

「おい、こっち……いいから、ほら!」

「どかんかッ! 貴様がついていながら、よくもクラウドを変態ポエマーの餌食に……!!」

「いや、アンタ、全然違うから! たまには人の話聞こう!」

 と諭しておいて、セフィロスに言い返される前に、言葉を続けた。

「ジェネシスは俺に用事があって、ここに来ただけだ。クラウドが一緒だったのは、ただの偶然なんだから!」

「偶然ッ!? そんな都合のいい偶然があるかッ! オレ様は何度も寮の大浴場に足を運んだが、一度たりとてクラウドに遭遇することはなかったぞ!!」

「い、いや、あの……」

「貴様、間抜けにもこのオレが見落としただけだと思っているだろう! 甘いッ! 洗い場から更衣室までしらみつぶしに当たったが、あの子に逢えることはなかった!」

 ストーカーの世迷い言かよッ!! 人に聞かれたらどうするんだっつーの!!

「セ、セフィロス、そ、それは、まぁ、アレ…… 動機が不純だから……」

「不純だとッ!? 恋愛感情のどこが不純だ、この童貞男がッ!!」

 いえ、一応、童貞じゃないんですけどね、俺。

 しかし、激昂している英雄相手に、怒鳴り返しても騒ぎが大きくなるだけだ。最近、セフィロスが研修棟に出没しているというウワサを聞きつけ、その姿を一目見ようと過敏になっている者たちもいる。

「いや、いいから、落ち着けって!! こんなとこで、アンタとジェネシスがぶつかったら、会社ごとブッ飛んじまうぞ」

 あながち冗談でないのだから、言っててコワイ。

「とにかく、ジェネシスはアイツ目当てで来たんじゃないんだよ。たまたま俺の近くで修習生のクラウドが、救護実習の練習をしていたから、ちょっと声を掛けてみただけだろう」

「……声を掛けた?」

「あ、いや、おかしな意味じゃなくて。あの人ちょっと変わってるじゃんか。普段、口を聞く機会もない修習生が、ものめずらしかっただけじゃねぇの?」

 なるべく軽い口調で、どうでもよさげに説明する。

 実際、ジェネシスがクラウドをどう思っているかは知らないけど、基本的にあの男は他者に興味を抱くタイプに見えない。

 セフィロスと同じトップソルジャーとして遇され、顔も頭もいいくせに、いつも小説片手にふらふらと漂っている。あの人が何かに執着した様を見たことが、俺にはなかった。

「むぅ……」

「だから、考えすぎだってば」

 ポンポンと黒コートの肩を叩くと、ようやくヤツは刀を収めてくれた。

「……別に貴様のいうことを信用してやったわけではないからな。もう一度、この目で確かめに行く」

「あー、ハイハイ。ただ包帯巻いてるだけだってば」

 ハァ〜……やれやれだ。

 なんだかここ数日で、一挙に老けたような気がする。……白髪とか生えてきたらどうしよう……

 満面に『不愉快』を表したセフィロスの後について食堂に戻る。

 だが、クラウドが視界に入ると、現金なほど穏やかな表情に変わった。あえて意志の力で変えているのだ。この辺はホント、素直にスゴイと賞賛できる。

 そういえば、セフィロスは『頼りになるお兄さん作戦』を敢行中だったはずだ。