〜 ムンプスウイルス 〜
〜 神羅カンパニー・シリーズ 〜
<1>
 ザックス・フェア
 

 

 

 

「ごほんっ! ごほっ!ごほっ!」

 二人部屋にある、もうひとつのベッドから、籠もった咳が聞こえた。

「ごほっ!ごほっ!」

「おい、クラウド、風邪か?」

 洗顔を済ませ、ソルジャーの制服に着替えつつ、未だベッドでぐずぐずとしているチョコボ頭に声を掛ける。あんまりのんびりしていると授業に遅れてしまうだろうに。

 クラウドの金の髪は、チョコボの尾のようにフワフワと逆立っているのだが、今日はなんだか元気がないように見えた。

「ゴホッ……ゴホンッ!!」

 クラウドが鬱陶しげに咳払いする。

「うー、なんか喉がいがらっぽい。ちょっとボーッとするかな」

「クラウド。メシ行けそうか?」

「ん……あんまし食欲ないなァ」

 彼はぷるぷると頭を振って、そう答えた。

 初夏に入る時期……例年のことだが、この季節は雨の日も多い。気温も安定せず、上がったり下がったりで体調を崩す者も多いのだ。

 クラウドは今年入社の新入社員で、修習生一年目である。入社当時は緊張しているせいか、それほど不調を訴える者もいないのだが、梅雨に入るこの時期に一挙に疲れが出るらしいのだ。

 

「いいや、朝飯はパス……」

 そういって、彼はポスンと布団に横になった。

「おい、クラウド。こっち向いてみろ。おでこ出して…… うーん、やっぱりちょっと熱があるみたいだな」

 ほんのりと熱い額が、微熱を発しているように感じられる。

「風邪の引き始めかもしれないな。医務室行くか?」

「いいよ。ちょっと熱っぽいだけだもん」

「そうか。じゃ、今日は授業は休んで部屋で寝ていろ。教官には伝えておくから。ええと、風邪薬……」

 俺は常備している風邪薬をテーブルに置いた。

「冷蔵庫にヨーグルト入ってるから。何か腹に入れてから薬飲むんだぞ」

「うん……ありがと、ザックス」

「昼に様子を見に寄るからな。ちゃんと布団被って寝てろよ。暖かくしてな」

「ん……」

 クラウドはベッドに横になりながら、フリフリと片手を振って見せた。いってらっしゃいという意味らしい。

 気にならないことはなかったが、まぁ本人のいうとおり風邪の引き始めだろう。

 クラウドくらいの年齢なら、メシを食って寝ておけば大抵、丸一日くらいで回復するもんだ。

 俺は午後にまた様子を見に戻ろうと決め、今日の仕事に赴いた。

 

 

 

 

 

 

「おう、ザックス。来たか」

 ラザードに言われたとおり、1stの執務室に足を運ぶと、いつものようにアンジールが声を掛けてくれた。

「あ、アンジール。ごめん、この前は。そっちも人手不足なのに長い休みとか取っちまって」

 例の休暇から一週間程度経っていたが、まともにアンジールと会話したのは、休暇終了後初めてだったのだ。

「いや、別にかまわんさ。おまえ、ソルジャーになってから、ほとんど有休取ってないものな」

 今回も別に自分の用事で取ったワケじゃないが…… まぁ、身から出た錆だ。

「……まぁ、ジェネシスまでも同行していたというのは初耳だったが……」

「す、すまねー」

「あ、いや、おまえのせいじゃないさ」

 アンジールは年下の俺をフォローしてくれた。

 話の当人は、小説片手にデスクで何やら溜め息をついている。

「で、アンジール。今日の任務は? 何か重要な案件なのか?」

「え? あ、ああ、いや、すまん。そういうことじゃなくてだな……」

 真面目な面もちで訊ねた俺に、心底申し訳なさそうに言葉を濁すアンジールであった。

「悪いんだが、ジェネシスと同行してくれるか? ああ、いや、用件はそれほど難しいアレじゃないんだ。副社長が昼に取引先の社長と会食予定なんだが……相手先の方が是非ソルジャーと同席したいと希望されておられるようでな。先ほどタークスから要請があった」

「会食〜?」

 思わず「ゲ〜ッ!」とばかりに表情を崩す。自慢じゃないが俺だってセフィロスに負けず劣らずそう言った席は苦手だ。

「なんだよ、そんなの1stの仕事だろ?」

「いや、だからジェネシスに頼んだのだが、どうも調子が出ないようで……」

 ちらりと目線で「見てみろ」と促すアンジール。

 俺たちの会話が聞こえていてもおかしくないはずなのに、ジェネシスは相変わらず惚けた面持ちでデスクに着いているだけであった。

「じゃ、じゃあ、セフィロスでいいだろ。むしろ副社長にとってはアイツのほうが……」

「声を掛けようと捜していたのだが、姿が見えなくてな。すぐに昼になるし、今からではさすがに……」

 アンジールの話をまとめるとこういうことになるらしい。

 今日、副社長が取引先のおエライさんと会食予定だが、ソルジャーの同席を希望してきたと。これはそれほどめずらしいことではない。うちの1stの連中なんざ、芸能人並にツラが売れている。

 当然アンジールは、ウチの二枚看板、セフィロスとジェネシスに同席を頼むつもりであったのだが、例によってセフィロスの姿が見えないというのだ。

 

 ったく本当にあの男はフラフラと……いったいどこをほっつき歩いているのだ。

  確かに神羅の英雄と呼ばれるだけの強さはあるが、自制心とかそういったものはガキ並に未熟なのである。

 ならば、せめてジェネシスに……と考えたのだろうが、どうもジェネシスの様子が心許ないらしい。いや、アンジールに言われるまでもなく俺だって気付いていた。

 ジェネシスはニブルヘイムから帰ってきた後ずっと、様子がおかしくなっている。アンジールは当然知らないだろうが……たぶん『女神』のことだと思う。

 ジェネシスは、神羅屋敷の地下で、彼の『女神』を見つけたのだ。

 いや、『女神』というのは、ジェネシス独特の呼び方で、本当は男性なんだけど、性別など気にならないほど不思議な人で……見たことも無いような美貌の佳人だった。

 透けるような白い肌に、深い紅の衣を纏い、長い黒髪が棺の中で蜷局を巻いていた。まるで高名な作家の手で生み出された人形に、神様が魂を吹き込んだような……そんな不可思議な麗人だったのだ。

 ジェネシスはその人を一目見たとき、恋に落ちたのだと言っていた。そしてそれは冗談でもなんでもなかったのだ。

 

「ザックス…… ジェネシスだが、どうかしたのか? ここのところずっとあんな様子なのだが」

「あ、ああ」

「あ、いや、ミッションはきちんとこなしているし、口を挟むつもりはないんだが…… なんだか心配でな」

 人のいいアンジールのことだ。純粋に彼の体調などを心配しているのだろう。

 彼が心ここにあらずなのは、『女神』を想って日々を過ごしているから……だが、説明するのによい言葉が思いつかない。

 もう少し時間が経てば、多少は気持ちの整理がつくだろうが……

「二人分、席を用意されているみたいだから、ジェネシスといっしょに行ってやってくれるか? おまえなら副社長とも面識があるし、問題ないだろう?」

「……まぁ、仕方ねーな。アンタにそう言われちゃ」

 渋々ながら俺は了解した。アンジールにこれ以上負担をかけるわけにはいかないからな。この前の三人休暇のときだって、結局フォローは彼に回ってしまったのだろうし、責任は俺にあるし。

「悪いな、ザックス。まぁ、美味いモノ食いに行くと思ってくれよ。その代わり、午後は特に急ぎの用件はないからな。好きに過ごしてくれ」

「おう。部屋で溜めている書類でも片付けちまうかな」

「はは、そうしてくれれば助かるな」

 そんな形でアンジールとの会話を終え、俺は何とかジェネシスを促して会食へ足を運んだのであった。