〜 障害物競走 〜
〜 神羅カンパニー・シリーズ 〜
<1>
 ザックス・フェア
 

 

 

 

 

 

「うーん、やっぱ、すごかったなァ」

「ああ、そうだな〜」

「ソルジャー1stって強いんだね〜」

「ああ、まったくなァ〜」

「おれもソルジャーになれるかなァ。いつかなれる日がくるかなァ」

「ああ、たぶんな〜」

「ところで、ザックス、セフィロスさん、大丈夫そう? 顔の怪我ひどくない?」

「あー、まぁ、アレ。英雄だからな〜」

「んもう、ザックス! ちゃんとおれの話聞いてるッ!?」

 そう叫ぶと、クラウドはデスクについている俺の背中に飛びかかってくる。

 なんのことはない。ただのボディコミュニケーションだ。ほら、小学生の男の子がやるプロレスごっこみたいなヤツ。

「いてー! 痛いっつーの。あー、はいはい聞いてる聞いてる」

 俺は書きかけのレポートをとりあえず終えて、クラウドに向き直った。

 ショートパンツから伸びた、形のよい白い脚。上は黒のランニング一枚というラフな格好である。 

 クラウドは容姿がいいから、着飾ればそれこそ、どこぞの御曹司並みに見られるのだが、普段はまったくかまわない格好をしている。

 今日のようなやや気温が高い日は、短パンにランニングかTシャツが定番だ。

 

「ザックス! ちゃんとお話し、して!」

 ぐいぐいと無理やり俺のヒザの上に乗ってきて、向かい合わせに座ってきた。

 ……エロイ例えで恐縮だが、Hするときの対面座位のような格好だ。

 ……こんなところ、セフィロスに見られたら一大事だが、さすがに寮の部屋に押しかけてはこないだろう。念のため、鍵をかけてあるし。

「あー、もう、ほら! 暑いっつーの、クラウド」

「だって、ザックスがちゃんと話聞いてくれないんだもん」

「聞いてる聞いてる。今、ちょっと報告書作ってたから」 

 そう説明し、ちゃんと話を聞くぞという態度を表すために、書きかけのそいつをデスクの脇に置き直した。

「ねぇねぇ、ザックス」

 ヒザの上で子供みたいにグリグリと身動きするクラウドを、ひょいと両手で持ち上げ、ベッドの上に座らせる。

 俺も椅子から立ち上がり、彼のとなりに腰を下ろした。

 

「ねぇ、セフィロスさん、大丈夫だったの? あんなに血が出て……」

「ああ、ありゃ、鼻血だろ。平気平気」

「鼻血? どっかぶつけたのかな。おれをシーウォームから庇ってくれたときは、そんなカンジに見えなかったけど」

 いや、ヤツが鼻血噴いたのは、オメーの裸見たからだ。

 ……といいたいところだけど、英雄・セフィロスを尊敬しまくっているコイツは、まともに聞いちゃくれないだろう。

 俺だって、セフィロスの本性をクラウドに告げるのは、ずいぶん迷ったのだ。なにより、ヤツに憧れて神羅に入社してきたこの子を、傷つけるのが忍びなかった。

 

 だが、あの野獣が実力行使に出たのならば、子羊どころか子チョコボのクラウドなんざ、あっという間に美味しくいただかれてしまう。それゆえ、心を鬼にして真実を告げたにも関わらず、コイツはまったく俺の言葉を信じてくれない。

 いや、俺の話を疑っているというわけではなく、単に男であるセフィロスが、同性で子供の自分に興味を持つはずがないというガキんちょ独特の思い込みだ。

 

 だいたいクラウドは自己評価が著しく低い。

 わがままはいうものの、ここ一番という場面で「どうせ俺なんて」と尻込みしてしまう。それもまた自分に自信が持てないひとつの大きな要因になっているだのと思う。

 

 

 

 

 

 

「ねぇってば、ザックス聞いてる?」

「え、あ、ああ、何だ?」

 いかんいかん、つい物思いに耽ってしまった。自身のことではなくてクラウドのことで考え込んでいる自分をあきれた心配性の男だと思う。

 アンジールと一緒にいるせいか、俺までも人より多くの苦労を背負い込んでしまっているのだろうか。

「だからァ、やっぱりソルジャーってすごいよねって話」

「あ、ああ、まぁな」

「ザックスだって、指揮官だったじゃん。ねぇねぇ、ザックスっていつソルジャーになったの? 最初は3rdからなの?」

「んー、ああ、そうだな。一般兵から、推薦もらってソルジャー試験受けてっていうのが、フツーのルートかなァ」

 俺は頭の中では全然別のことを考えつつ、クラウドの質問に答えてやった。彼にとっては、いつソルジャーになれるかというのが、一番重要なポイントであったらしく、至極真剣に頷いている。

 

 ……ああ、やっぱダメだ。

 

 これだけソルジャーに傾倒しているクラウドにとっては、その最上位に君臨するトップソルジャー・セフィロスの本性を知らしめても、本気で取り合ってはくれないだろう。

 それだけならまだしも、俺の「悪口」だと思われたら心外だ。

 

 ここ数日、俺は同じコトばかりくり返し、考えている。

 なんとかクラウドの幻想を壊すことなく、セフィロスにこの子をあきらめさせるか……だ。

 

 ここはやはりクラウドを攻略するよりも、セフィロス自身に彼をあきらめてもらえるよう、話を運んだほうが早いかもしれない。

 今はクラウド一筋で、ヤンチャに暴れ回っている英雄だが、だいたいあの人は飽きっぽくて、気の多い人間なのだ。

 これまではいつでも不特定多数の愛人を持っているようなけしからん輩で……いや、セフィロスのようなヤツには、むしろそのほうが似合っていると思うのだ。

 

 クラウドみたいな子供ひとりを、全力全身で求めてしまったら、愛された対象は壊れてしまうだろう。いや、エロイ意味じゃなくて、単純にその気持ちに応えきれないと思うのだ。

 セフィロスは、その名を誰もが知っている有名人で……当然彼の特定の恋人ともなれば、否応もなく衆目に晒されることになる。

 あの子が妙齢の女性ならまだしも、まだ未成年の、しかも少年だ。

 百歩譲って、クラウドのことをよく知っている周りの連中なら、気持ちよく応援してやることも可能かも知れない。

 だが、まるで人と為りを知らない第三者から見れば、ハッキリ言って釣り合いの取れたカップルではない。悪意の中傷を受けぬとも限らないし。

 

 俺としてはやはりクラウドにそんな嫌な思いをさせたくなかった。

 幸い、この子は、まだセフィロスの本当の気持ちを理解していない。今、ヤツをあきらめさせることができれば、誰一人として傷つくことなく事を収められるのだ。