~この手をとって抱き寄せて~
 
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「はい、そこまで。そこまでだよ」

 パンパンと手を打って、間に割り込んできたのは、なんと買い物袋を抱えたジェネシスだった。私と変らぬほどの長身が、目の前に立つ。

「この人に目を付けたのは良いセンスだけど、ちょっと相手が悪かったね」

 相手のパンチを片手で止めて、ジェネシスが言った。

「ジェネシス……」

 私が彼の名を呼ぶと、いつもの飄々とした態度で「やぁ」とだけ、言葉を返す。

「まともにやりあって勝てる人じゃない。素直に引いた方がいい」

 ジェネシスが男たちに向かってそう言う。

「こっちは六人いるんだぞ。貴様らふたりなんぞ……」

「困った人たちだな。わかってくれないとは」

「やっちまえ!」

 がたいのいい男がナイフを構えて突進してくる。

 それを難無く躱し、ジェネシスは手刀でナイフを叩き落とした。

「引いてくれないんじゃ仕方がない。相手になろうか」

 そういうと、ジェネシスは蹴り技だけで、あっという間に六人をのしてしまった。

 

「やれやれ、困った人だね、君は。こんなところで何をしてるの、『セフィロス』」

「…………」

「『セフィロス』……だよね?こっちの世界のセフィロスだったら、まず目を付けられないと思うし」

「……ジェネシスのところへ……行こうと思っていたのだ」

 ふて腐れたように私はそう告げた。

「俺のところへ?これはめずらしいことを聞くものだね。まぁ、いい。ここは通りが違う。うちは大通りに面したマンションだからね。さぁ、いこう」

 そういって、ジェネシスは私の肩を抱いた。

 

「それは君たちの世界の民族衣装なのかな。とても綺麗で似合っているけど、ちょっと目立ち過ぎるね。それじゃ、おかしな輩に目を付けられても仕方がない」

「……貴様はおせっかいだな。私一人でも逃げられたのに」

「それはそうだろうけど、見てしまったからには、あのまま放っておくわけにもいかなくてね」

 何がおかしいのか、クスクスと笑いながら、歩き出す。

 

 

 

 

 

 

「ほら、こっちの道。大通りだろう?」

「途中までは合っていたのに……」

 私はぶつぶつと一人でそうつぶやいた。

「まぁ、遅い時間になると、見慣れた道も勝手がわからなくなることはあるからね。さぁ、どうぞ」

 マンションに入り、ふたりでエレベーターに乗る。

 

 ……なんだかおかしな気分だ。『助けられた』からではない。実際、ジェネシスがこなくてもあの六人のチンピラどもは、この私に殴られて血反吐を吐いて倒れることになったに違いないのだから。

 

 レオンに内緒で、コスタ・デル・ソルまでやってきて、ジェネシスに会いに来ているということに後ろめたさを感じるのだろうか。

 

 ……いや、別に悪いことをしているわけではない。

 小説の謎について訊ねたいだけなのだから。

 

「どうしたの?おとなしいね」

 玄関を開いてくれながら、ジェネシスがおかしそうに問う。

「べ、別になんでもない。今日やってきたのは、貴様に尋ねたいことがあったからだ」

「へぇ、俺に聞きたいことねぇ。まぁ、せっかく会えたのだからなんでもかまわないけど。何も慌てることはないだろう。夕食はまだだろう?泊まる場所が決まっていないのなら、うちに泊まればいい」

「……む、うむ」

 水を流すように滑らかな、ジェネシスの口上に私はただ頷くだけだった。

 実際お腹は空いていたし、泊まる場所なんて考えてもいなかった。

「さぁ、夕食はもう出来ているんだよ。温めるだけだ。今はちょっと足りない食材を買いにね」

「…………」

「そこに座って、食前酒でも飲んでいてくれ」

 たっぷりと注がれた白ワインを出され、私はジェネシスの準備を手伝うでもなく、それを舐めていた。

 やや甘めのフルーティなそれは、まるでジュースのようにいくらでも飲めてしまいそうだった。