~この手をとって抱き寄せて~
 
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「さぁ、できた。簡単なものだけど。こっちに着てお座り」

「ん……」

 空腹だった私は素直にジェネシスの促しに従った。実際のところワインの酔いが心地よく回ってきたところなので、ちょうど良かったとも言える。

「シチューは嫌いじゃないだろう?」

「ん……食べる」

 鯛のカルパッチョと、グリーンサラダ、ビーフシチューにライスだ。

 どれもこれも、私の好物だった。

「味はどうだい?シチューは一応俺の手作りなんだけど」

「む……美味い」

 私は遠慮無く食べた。ジェネシスがじっと私を眺めている。

「何を見ている。食べないのか?」

「いや、君が一生懸命食べているのが可愛くてね。ああ、後で甘いものもあるよ」

「食べる……今」

「今はダメ。ちゃんと晩ご飯を食べてからだよ」

 まるでヴィンセント・ヴァレンタインのような物言いをして、ジェネシスは私の頬に付いた汚れを拭き取ってくれた。

 

 食事が済んだ後は、バスタイムだった。

 そもそも私がコスタ・デル・ソルに到着したのが夜だったため、夕食の時間自体が遅めだったのだ。

「おい、ジェネシス、聞きたいことが……」

 私は何度かそう言いかけたが、

「ほらほら、お風呂に入ってからにしよう。先に入って、きちんと肩まで浸かって温まるんだよ」

「む……」

「いいこだから、入っておいで。その後にフレッシュジュースを飲もうね」

「入ってくる」

 私は大人しく引き下がった。

 疲れていないわけではなかったので、ゆったりと湯を使い、身体を休める。

 居間に戻ると、ジェネシスが冷たいジュースを用意して待っていてくれた。

「俺もさっさと済ませてくるから。訊ねたいことがあるのなら、その後ゆっくり聞くからね」

「ん……」

 私はソファに移動し、ジュースを飲み始めた。

 ジェネシスの出してくれる飲み物は、温かいものでも冷たいドリンクでもとにかく美味しいのだ。すべて手づから淹れてくれるせいなのだろうか。

 私はのんびりとジュースを啜りながら、そんなことを考えていた。

 

 

 

 

 

 

 ジェネシスは風呂から上がると、ミネラルウォーターとやらを飲み、ようやく一段落付いたと言った様子だ。

「それは……なんだ。透明な水?」

「そう、ミネラルウォーターだよ。君も欲しい?」

「何の味もついていない水なのだろう。欲しくはない」

 ふいと顔を背け、ソファに寝転がる。

 ……なんだか当初の目的を忘れかけているような気分だ。

 食前酒と美味しい食事。そして温かな風呂というのが危険だったのだ。

 

「それで、俺に聞きたいことってなんだい?」 

 軽い調子でそう言われて、私はいささかムッとした。私にとっては重大な問題だったからだ。もし、あの夢が原因で、レオンとの関係がおかしくなるようなことがあれば、このままでいるわけにはいかない。

 なにより、あの夢はこの私の自尊心を滅茶苦茶にしてしまう、恥ずかしくも情けない夢なのだ。

 

「ジェネシス……貴様のせいで、私は毎晩悩まされている」

 私は厳かに口火を切った。

「……何の話だろう?」

 頬杖をしながら、ニコニコと笑いつつ先を促す。

「あの小説本にはどんな謎があるのだ」

 キッとジェネシスを睨み付けて、私はずばり訊ねた。

「小説本……って、ああ、このまえ、おみやげに持たせた官能小説のこと?」

「それ以外に何がある」

 ずいとジェネシスに近寄って、私はますます強い眼差しで睨み付けた。

「ぷっ、ふふ?それで?」

 なぜか小さく吹き出し、ジェネシスは首を傾げて見せた。

「あの本を読むと毎晩必ず夢に見る……」

「夢に……?どんな?」

「あの小説の中の世界が、具現化するのだ。……そこには必ずおまえが居て……ほ、他にもいるけど……その……」

 どう説明して良いのかわからず、私は辿々しく続けた。

「あの淫靡で淫蕩な世界の主人公になって……おまえたちにいろいろとひどいことをされるのだ」

「へぇ……小説の主人公のようにねぇ」

 ジェネシスがうんうんと頷きながらそうささやく。

「そうだ。わ、私はなにも悪くないのに、ジェネシスが私を孔奴隷と呼び……く、口にはできないほどの辱めを……」

「ふんふん、まるで小説の主人公のように、夢の中で俺に虐められちゃうのか」

「ジェネシスだけではない……レオンも出てくる」

「レオン……ああ、ホロウバスティオンの彼のことか」

「もらった官能小説を読むと必ず夢に見るんだ……だから貴様にあの本のからくりを教えてもらおうと……こうして遠路はるばる来てやったのだ」

 私は必死にそう告げた。