〜First impression〜
 
<1>
 
 スコール・レオンハート<レオン>
 

 

 

 

 

 

 

 

 ランプの炎が小さく揺れる。

 

 オレンジ色の灯火は、寝台の上の小さな顔を、ほのかに照らし出し、俺は彼の眠りを妨げるのではないかと不安になる。

 今朝方から降り出した雨は、ザァザァと重苦しい音を立てて、窓ガラスを叩く。すでに夕方になるというのに、一向に止む気配がない。

 

 雨音にクラウドが目覚めるのも気がかりだが、昨日から一度も目を覚まさずに眠り続けている彼の身体も心配だ。宿の調理場に頼んで、食べやすいものを賄ってもらったが、それも無駄になってしまいそうだった。

 

 クラウド……

 クラウド・ストライフというらしい。

 彼は俺に「クラウド」とファーストネームしか言わなかった。フルネームは、ホロウバスティオンの復興メンバーに教えてもらったのだ。

 

 以前、一度だけオリンポスコロシアムですれ違ったことはあったが、口を聞いたのは今回が初めてだった。

 無口で無愛想……そんなふうに、ユフィなどは言っていたが、うわさに違わない人物で、いっそ俺は好感を持ったほどだ。

 俺はヤツが誰かと談笑している姿を見たことがない。決して俺たちの仲間だとは言わない。

「たまたまこの町に目的があり、それを果たすためにもハートレスは邪魔な存在……それだけだ」

 そう彼は言っていた。

 だが、身の丈ほどもありそうな大剣を振るい、ハートレスを一掃する戦闘能力は、ずば抜けていて、彼が歴戦の戦士だということを十分に物語っていた。

 

 

「う…………」

 クラウドの口から呻きが漏れた。

 整った顔立ちの、眉がきつく寄せられる。

 俺は椅子から立ち上がって、枕辺に歩み寄った。

「あ……あ……セ、セ……フィ……」

 しぼりだすような苦鳴。

「クラウド……?」

「あ……あ……うあああッ!」

「クラウドッ!」

 クラウドが、双眸をカッと瞠り、弾かれたように飛び起きた。

 俺は傷に触れないよう、彼の肩を押さえる。

 

「はぁッ……はぁッ……あ……ああ……」

「落ち着け、クラウド」

「レ……オン?」

 焦点の定まらない瞳で俺を見る。

 いつもの……無口で無愛想で、誰よりも強靱な戦闘能力を誇っていた彼からは、想像もつかないような掠れて弱々しげな声。未だに夢見うつつでいるのだろう。

 

「……うなされていたようだな……まだ熱がある」

「おれ……おれは……こ、ここは……? セ、セフィロス……」

 単語を並べるだけの問いが、彼の焦燥と動揺を表している。

「……ここは街中の宿だ。セフィロスはいない」

 俺はゆっくりと一言ひとこと、区切って言い聞かせるように話した。

「……宿……?」

「ああ」

「……オレ……どうして……」

「闇の淵に倒れていた」

 端的に答えてやる。

「セ、セフィロス……は……?」

 自分でその名を口にしたにもかかわらず、彼のキツイ蒼の瞳に怯えが浮かんだ。

 

「わからない。……おまえはひとりで倒れていたんだ」

「…………」

「俺がおまえを見つけたときに、辺りには誰もいなかった」

 俺は言い聞かせるように繰り返した。

「……だれも……いなかった……」

 惚けたように、クラウドはその言葉をくり返した。

「ああ」

 俺は頷いた。

 

「…………」

「……大丈夫か?」

「え……? あ……ああ……」

「クラウド……?」

「……これ……手当……アンタが……してくれた……のか? 服や……身体……」

 まさに恐る恐るといった様子で、俺に尋ねるクラウド。

 前合わせの夜着を確かめるように、そろそろと触れる。

 

「運んだのは俺だが、後のことは医者に任せた。俺はあまり器用じゃなくてな」

「……ああ……そう……か」

 どこか安堵した風に、だが、まだなにか聞きたげにクラウドはつぶやいた。

「傷口はともかく、かなり出血があったと医者が言っていた。後で食事をもらってくるから、とにかくこのまま寝ていろ」

「……いや、オレは……」

「おまけに外は大雨だ。無理に出ていっても悪化させるだけだぞ」

「…………」

「俺はとなりの部屋にいる。なにかあったら呼べ」

 俺はそれだけ言うと、さっさとベッドルームから引き上げた。大して高くもない宿だが、ありがたいことに客間がふたつあるのだ。

 大きめの寝台の置かれた客間をクラウドに譲り、俺は隣室を使う。こちらのほうが廊下に注意を向けられるし、広間のクラウドの様子もうかがえる。むしろ好都合なのであった。

 

 ……俺は彼に嘘を二つ吐いた。

 

 一つ目は、セフィロスのこと。

 俺はあの時、初めてセフィロスと二人きりで対峙した。

 クラウドから、くわしく聞かされたわけではなかったのに、彼の捜している人物というのが、間違いなく、目の前の男だという認識を持って。

 

 セフィロスの片腕には、ボロボロになったクラウドが抱きかかえられていた。

 服には無数のかぎ裂きが出来き、剥き出しの片腕と、破けたズボンから覗く脚には、朱い筋のような傷痕が幾重も見えた。

  

    

『……貴様の名は?』 

 それが彼が俺に対して、初めて口にした言葉だった。

 肌の色を引き立てるような薄く紅い口唇。それが半月を描くように、くぅっと持ち上げられ、壮絶な微笑が白い面に刷られる。

 銀の髪は、腰を覆うほど長く豊かで、黒装束によく映えた。

 正直、人間離れした美貌の持ち主だと言うべきだろう。だが、彼の氷のような双眸、なにより、彼の纏う狂気そのものがすべてを裏切っていた。

 

 むしろ造形が整っているからこそ、その狂気と美貌の不調和はいっそ絶望的で、見る者に恐怖と戦慄のみを植え付けるのであった。

 

 

「……レオン」

 俺は答えた。すると彼はまた、唇をクッと持ち上げて、笑みの色を濃くした。

『ではレオン……私に何の用だ?』

 背筋が凍り付くような、低く甘い声音。

「……用があったわけじゃない。だが、たった今できた。……クラウドを返してもらおう」

 俺がガンブレードをかまえると、セフィロスはひどく楽しげに、ひょいと眉を持ち上げた。

『フフフ……貴様はクラウドの何だ?』

「知り合いだ」

『命を捨てるには、軽すぎる関係なのではないか?』

「軽いとも思わないし、捨てる気もない」

『まぁ、いい』

 そういうと、セフィロスは気障なしぐさで髪を掻き上げた。黒の手袋が、銀糸を手繰る。

『こいつの相手にも飽きたところだ』

 セフィロスが、腕に抱えたクラウドを無造作に放り出す。完全に意識を失っているのだろう。クラウドはされるがままに地に伏した。

 

『……ひとつ教えてやろう、レオン』

「…………」

 わずかな間隙の後、セフィロスは謳うように、俺に話しかけた。

 クックックッという低い含み笑いが耳障りだ。

『……私を必要としているのはこの子のほうだ』

「…………」

『コレは私がいないと生きていけない。いつでも私の姿を捜し、追い求めている』

「…………」

『わかるか……? コイツの望みをかなえてやれるのは、この私だけだ』

「……どういう意味だ?」

 俺は聞き返した。

『フフン、やれやれ、ホロウバスティオンの英雄は、ずいぶんと鈍い男らしい』

 そう茶化すと、次の瞬間、セフィロスの姿は消えていた。

 

 ……これが一つ目の嘘……だ。

 

 二つ目の嘘は、もっとささやかなことだ。

 クラウドに、手当は医者に任せたと言ったが、湯に入れたり、着替えをさせたのは俺だった。

 幾筋もの蚯蚓腫れ……手首の戒めの痕……そして下肢にこびりつき、すでに赤黒く変色した出血の跡……もともと肌の色が白いのだろう。そのせいか、それらの傷痕はひどく生々しく、目のやり場に困惑した。

 医者相手とはいえ、見知らぬ人物に、見せてもいい姿ではなかった。

 

 案の定、診察してくれた医師も、難しい顔をしたまま、淡々と処置を施すだけであった。

 どの傷も深いわけではないが、執拗に痛めつけられている。

 俺は、彼の肉体の傷より、心の傷のほうが気にかかった。

 

 そしてセフィロスの言葉の意味……

『私を必要としているのはこの子のほうだ。コレは私がいないと生きていけない』

 

 フゥ、とひとつ吐息すると、気を取り直して立ち上がった。

 ……よそう。俺が考えても仕方のないことだろう。

 

 俺は、他人の生き方に口を出せるような人間ではない。いつでも自分のことに手一杯だ。

 

 賄いを頼むために、部屋を出る。

 クラウドの姿を確認しようかと思ったが、それも差し出た真似だろう。

 ギシリギシリと鈍い音を立てる廊下を過ぎ、狭い階段を下りた。