〜First impression〜
 
<2>
 
 スコール・レオンハート<レオン>
 

 

 

 

 

 

 賄いを任されている、気のいい女あるじが、オレンジとキウイを剥いてくれた。病人相手では、そのままでは食べにくかろうと、綺麗に剥き身でカットしてくれる。

 身体が暖まる温野菜のスープ、香草のお茶……ハーブティーというのか。

 それを熱冷ましと一緒に揃えてくれた。

 

 俺は彼女たちに礼を言うと、トレイを受け取って、二階へ上がった。

 

 居室に戻ると、多少なりとも逡巡しなかったわけではないが、迷わずクラウドの部屋をノックし、扉を開いた。

 クラウドは横になったまま、双眸を綴じ合わせていた。

 思ったより熱が高いようだ。呼吸が早い。

 

 俺はトレイをサイドデスクに置くと、額のタオルを水で絞り、取り替えてやった。

 起こすつもりはなかったのだが、その拍子に気づいたのだろう。彼の蒼い瞳がぼんやりと光を得る。

 

「……あ……また眠っていたのか……」

 独り言のようにつぶやく。

「そのようだ、起こして悪かった」

「いや……」

「食事を持ってきた。……食欲はないかもしれないが、少しでも腹に入れた方がいい」

「……すまない」

 掠れた声でそう告げると、クラウドは身体を起こそうとした。まだ節々が痛むのだろう。半身を起きあがらせるのもつらそうだ。

 俺は見かねて、彼の背を支えてやった。ビクリとクラウドが反応する。

「どうした?」

 と訊ねると、

「なんでもない」

 と応えた。

 

 食事の載ったトレイを差し出す。

 起きあがるだけでも苦しそうに見えたクラウドであったが、腹は減っていたのだろう。心づくしの食事はきちんと平らげてくれた。

 食事の間中、側についている俺に、「ひとりで大丈夫だ」と彼は言ったが、退屈なんだと返事をしておいた。別に気を使ってのことではない。

 昨日、クラウドをここに運び込んでから、ずっとこの部屋に居たのだ。他人と会話することもほとんどなかった。

 

「きちんと食えたようだな。これで薬が飲める」

 俺は水と熱冷ましを差し出した。

「……アンタ、案外おせっかいなんだな。もっと冷淡なヤツかと思った」

 ズケズケとクラウドが言う。

「おまえは街の復興に協力してくれているだろう」

「ああ……そういうことか」

「それに怪我人相手ならば、当たり前のことだと思うが」

 俺は思った通りのことを告げた。クラウドが何となく不快そうな顔をする。

 

「…………」

「どうした?」

「……別に」

 目線を反らせてつぶやくクラウド。 

「聞きたいことがそれだけなら、さっさと薬を飲んで寝ろ。まずは熱を下げないとな」

「…………」

「わかったのなら、ほら、横になれ」

 急かすように俺は手をさしのべた。

 ふたたび、身震いするクラウド。他人に近寄られるのに慣れていないようだ。

「どうした?」

「…………」

「……クラウド?」」

「……その……レオン」

 彼はひどく苦しげに口を開いた。剣を扱うにしては、綺麗な指がぎゅっとシーツを握りしめている。

「なんだ、まだあるのか?」

「……なにも…………のか?」

 やっとのことで彼は口を開いた。

 だが、クラウドの声はほとんど独り言のようで、聞き取ることができない。おまけに微かに震えているのだろう。ところどころが掠れてしまう。

「クラウド?」

 俺はもう一度、彼を促した。できれば一刻も早く睡眠を取って欲しかったのだが。

 

「……なにも聞かない……のか?」

「……? なに……?」

「……アンタ、なにも聞かないのか?」

「なにをだ?」

「とぼけるなッ!」

 叩き付けるようにクラウドは叫んだ。

 今までに聞いたようなことのない物言いで。

 たった二日あまりで、コイツに抱いていたイメージは崩れつつあった。素の顔と、作られた仮面のギャップに俺は狼狽した。

 

「……アンタがオレをここに連れてきたんだろ? 無様に倒れていたオレを」

「…………」

「なんで……なにも言わないんだよ……」

「……落ち着け、クラウド」

「普通じゃないって思ったはずだ……ボロボロの服も……傷だって……普通の傷じゃ……」

「いいから落ち着け、クラウド」

 俺は肩で息をしているクラウドの言葉を止めた。

 興奮のせいだろう。白い頬は上気し、呼吸がゼイゼイと荒い。
 

「とにかく寝ろ」
 
 俺は平坦な口調でそう促した。

「レオン……!」

「おまえが聞いて欲しいなら聞く。だが触れて欲しくないなら聞くつもりはない。まずはきちんと眠って、熱を下げろ」

 俺は有無を言わさず、彼をベッドに押しつけた。

 もう一度、額のタオルを替えてやると、さっさと席を立つ。

 その間中、クラウドが何か言いたげにこちらを見ていたが、俺は一切を無視した。

 

 口にしたとおり、今は話をすることよりもなによりも、休養を優先すべきだと思ったし、正直、そこまで彼の事情に関わるつもりはなかった。

 

 俺にはやらなければならないことが山積みだ。
 
 ……何より、誰かを救えるような人間ではなかったから。

 

『人の腕の長さは、誰かひとりしか抱くことができない』

 以前、耳にした言葉だ。

 ならば、俺の腕は、ただひとり分の長ささえもないのだと思う。

 闇に取り込まれたホロウバスティオン……失われたこの星の本当の名前……そして混沌の中で消えていった多くの仲間たち……

 

 ……よそう。

 今は過去を振り返っているときではない。

 キーブレードの勇者が、光への道を築くなら、せめて俺はこの星を、その軌跡に乗せよう。塵芥のように霧散した、いくつもの命への餞別に、それだけはしなければならないと思う。

 

 ……クラウド。

 彼がひどく苦しんでいるのはよくわかる。

 いつか、彼がその苦しみから解放され、素のままの姿で生られる日が来ればよいと思う。

  

 
  
 俺は少しして、隣室の様子を伺った。

 幸い、熱冷ましがよく効いたらしく、さきほどよりも呼吸が落ち着いている。

 

 白い頬をわずかに上気させ、あどけなく眠り込む彼は、年齢よりも大分幼く見える。
 
 こんなときに初めて、俺は彼の造形がたいそう整っており、どちらかというと童顔なのだということに気づいた。