〜First impression〜
 
<3>
 
 スコール・レオンハート<レオン>
 

 

 

 

 

 

 

……翌朝……

 

 俺が目を覚まし、隣室のクラウドの部屋を覗きに行ったとき、すでに彼の姿はなかった。

 サイドテーブルに、走り書きのメモと幾ばくかの金が置かれている。

 

 紙切れには、やや神経質な右上がりの細い文字で『世話になった、すまない』とだけ、記されていた。

 

 傷もまだ痛むだろう。熱は引いたのだろうか?

 幸い今日は雨は止んでいるが、疲弊しきった身体では、身動きすることすら億劫だろう。

 それでもなお、ここにはいられないと思ったのだろうか。

 彼の気に障らないよう、あえて会話を避けたのがよくなかったのかもしれない。

 

 いずれにせよ、クラウドは、こうして俺の前から姿を消したのだった。

 彼のために、俺に出来ることは何もなさそうだった。

 

 

                  ★

 

 

 ふたたび、金の髪の剣士と相まみえたのは、

 それから数日後のことであった。

 

 最近、ホロウバスティオンには明らかにハートレストは異なる生命体……ソラは『ノーバディ』と呼んでいたが……そいつらが頻繁に出現するようになった。

 世界の均衡は、もはや取り返しのつかないほど、闇に傾いているのかもしれない。

 いや、光の使途が、未来を切り開こうというのなら、俺もその力を信じ、今できることをするだけだ。

 

 泣き言をいっている場合ではなかった。 

 俺たちは、日々、市街地や城壁付近に出没するハートレス、そしてノーバディーの駆除に追われた。

                                              

 クラウドが俺たちの前に姿を現したのは、まさにその渦中であった。

 

 ユフィ、シドらの前に躍り出て、一挙に、ハートレスを粉砕する。

 彼が背のホルダーに剣を収めたとき、あれほど居たハートレスもノーバディも灰燼と消えた。

  

 クラウドの戦闘技術は、そのスピードが特徴であり、持ち味だ。あの大剣を手に、あそこまでの身のこなしができるのは驚嘆に値する。彼の前では大抵の敵は、ほとんど雑魚に成り下がるしかないだろう。

 だが、今は、以前より剣にキレが無い。身体が剣の勢いについていけていないのだ。

 理由は明かだ。

 わずか数日で、この前の傷が癒えているはずはないのだから。

 

「おう、クラウド、おせーぞ。どこに雲隠れしてやがった」

 遠慮のない物言いはシドだ。

「でも、助かったよ、サンキュ」

 とユフィ。

 ふたりとも俺の同郷の人間だが、クラウドとの面識もあったらしい。彼が初めて、ホロウバスティオンにやってきたときも、エアリスを含め、彼らはクラウドの無事を安堵したようすで迎えたのであった。

 

 彼は何も応えぬまま、俺を見ると、小さな声で、

「この前は世話をかけた。……すまなかった」

 とつぶやいた。

 顔色が悪い。クラウドは色白だが、決して蒼白いわけではなく、むしろ明るい肌色をしていて、金髪と相まい、華やかな印象さえある。

 だが、今は紙のように白く、生気が感じられなかった。

 そして袖のない方の腕には、痛々しげに包帯が巻かれていた。

 おそらく自分でやったのだろう。お世辞にも上手にできているとはいえなかった。

 

「アンタに声をかけて行くべきかと思ったんだが……」

「別にそんなことはどうでもいい」

 そう応える。

 他意のない言葉だったのだが、彼がひどく傷ついた顔をしたのが意外だった。

 

「クラウド、城の中に一緒に来てくれ」

 話を先に進める。

「……城の中?」

「ああ、アンセムの研究室が見つかった。コンピューターも作動している。おまえにも一度、見ておいてほしい」

「……わかった」

 シドとユフィに、市街地の見回りを頼み、俺たちは連れだって歩き出した。

 クラウドを城の中に案内するのは初めてだ。

 もちろん、崩れ落ちた城壁や、未だ道とも呼べないような開発中の道路はそのままだ。

 先日の雨でぬかるみになっていてひどく歩きにくい。

  

 城壁を向かう通りを、横道に反れ、そのまま絶壁に向かうと闇の淵に辿り着く。クラウドが倒れていた場所……そしてセフィロスと初めて相対した場所だ。

 クラウドの面もちが緊張してゆく。

 彼は闇の淵から顔を背け、俺の後に続いて歩いた。

 

 やはり本調子ではないのだろう。再三ぬかるみに足をとられ、壁を伝って歩く彼に、俺は手を差し出してみた。

 

「……なんだ、それは」 

 憮然とした表情で、クラウドが訊く。

「この前の大雨で、足元が悪くなっている。つかまれ」

「……別に……大丈夫だ……うわッ!」

 言わないことではない。

 ここは歩き慣れた人間でさえ、道を選ぶのに困惑する難所なのだ。

 一日もはやく整備しなければならないとは思っているが、急斜面の降下道では工事の進みも遅かった。しかもこうして雨など降ってしまうと、水がたまり、排水することから始めなければならない。

 

「ほら」

 俺はいちいち声を掛けるのが面倒くさくなって、彼の腕を強引に取った。

「……っ」

「すまない。力を入れすぎたか」

「……別に」

「闘うより、こっちに来てもらった方がいいかと思ったんだがな。……失敗だったかもしれない」

「……え」                                                        

 クラウドの声が不思議そうに尻上がりになる。

 考えたとおりのことを口にしたのだが、どうも俺の考えつくことは、クラウドにとって意外なことが多いらしかった。怪我人と知っていて、あえて戦闘を任せるのはさすがに無神経だと感じたのだ。

 

「……傷の具合はどうだ?」

 一応、彼の体調を慮る。しかし、これも逆効果だったらしい。

 クラウドの蒼白かった頬が、カッと朱に染まり、そのまま口を噤んでしまったのだ。

「…………」

「……クラウド?」

「……なんとも……ない」

「…………」                              

 何となく気まずい雰囲気のまま、俺たちは城門に辿り着き、裏通路から中に入った。