〜First impression〜
 
<7>
 
 スコール・レオンハート<レオン>
 

 

 

 

 

 

「クラウド……」

「…………」

「クラウド、街へ戻るぞ」

 俺は同じ言葉をくり返した。

「……放って……おいて……くれ」

 立てた膝に、顔を押しつけて、クラウドはつぶやいた。

「……ダメだ。一緒に連れていく」

「……嫌だ」

「子どもみたいなことを言うな、ほら、腕を貸せ」

 今度は多少強引に、彼の身体を引っ張り上げた。

「放せッ!」

 クラウドが叫んだ。悲鳴のような声音だった。

 ドンッ!と胸元で、にぶい音が破裂する。彼に渾身の力で、はねつけられたのだ。その拍子に、思わず床に手を着ける。

 

 カッと頭に血が上った瞬間、俺はクラウドを怒鳴りつけていた。

「いいかげんにしろッ! それでも剣士か、おまえはッ!」

「……なに……?」

「曲がりなりにも剣士なら、傷ついた身体を労るのはおのれの責務だぞ!」

「…………ッ」

「今、しなければならないことを優先させろ。止血をして休養を取ることが最優先だろう。違うか?」

 俺の剣幕にさすがのクラウドも驚いたのかもしれない。一瞬呆気にとられて、泣き濡れた顔のまま、俺を見つめる。

 わずかな間隙の後、次に口を開いたのはクラウドのほうであった。

 

「……なんで、アンタ……オレにかまうんだよ」

「……なに?」

「放っておけよ……オレのことなんて」

「おい、クラウド……」

 押し問答にうんざりとして、俺はふたたび彼の名を呼ぶ。

「放っておけるわけないだろう。ただでさえ、傷が癒えていないんだぞ。今さっきの怪我だって……」

 噛んで含めるような物言いを、途中で遮ったのはクラウドの震える声音だった。

 

「……セフィロスの言ったこと……聞いただろ」

 乾いた笑みを浮かべつつ、クラウドはささやいた。

「…………」

「あれ……本当のことだよ」

「……クラウド」

「オレ……ヘンなんだよ。普通じゃないんだ」

「よせ、そんな言い方」

 低くたしなめる。だが、彼はあらぬ方向を見つめたまま、独白を続けた。

 

「……セフィロスが憎い……あいつがいる限り、オレは明るい方へはいけない……陽の当たる場所は歩けない……いつでも影が付いてくる」

「…………」

「セフィロスは強い……悪魔のように強いんだよ」

「……クラウド」

「……持てる力のすべてをかけて、渾身の気力を振り絞って闘っても、勝てるかどうかわからないのに……オレ、いつも迷ってる……」

「……何をだ」

 彼の言葉を否定することなく、話を促した。

 内奥に溜め込んでいるものすべてを吐き出させた方がいい。そう感じたからだ。

 

「最期の最期で必ず迷いが出てくる……」

「…………」

「セフィロスが……セフィロスがいなくなったら、オレはひとりになる」

「…………」

「オレの内側に入ってきて、オレにだけ特別な言葉をかけてくれる人は……いなくなる」

「……クラウド」

「……オレは……永遠にひとりになってしまう」

 彼はくり返した。

 胸の苦しくなるような、切なげなつぶやきだった。

 

「クラウド……だが……セフィロスはおまえに……」

 剥き出しの片腕に残る、痛々しい傷痕を見遣り、俺はためらいながらも口を開いた。

「おまえに……こんなひどいことをするようなヤツだろう」

「……痛い」

「あ、すまない」

 俺はあわてて、触れた手を離した。
 
 

「痛いよ……セフィロス」

 

 そうつぶやいたクラウドは、俺を見てはいなかった。

 ガラス玉のような双眸は、なにも映し出してはいない。

「痛くて……痛くて……それだけになる」

「…………」

「身体中が痛みで満たされる……セフィロスの与えてくれる……痛みだけで」

 ぼぅとした面もちのまま、彼はポツポツとつぶやいた。

「オレの中が全部セフィロスになる……」

 

「……おまえはあの男が好きなのか?」

 口に出してから、他に訊き方はなかったのかと躊躇する。だが言ってしまったものは仕方がない。俺は生気の感じられない、泣き濡れたクラウドの白い顔を見つめた。

「……好き?」

「ああ、好きなのか?」

「……わからない」

 力無く、クラウドは首を横に振った。

「……少なくとも俺には、こんな目に遭わせるようなヤツを、おまえ自身が好いているとは考えられない」

「……レオン」

 フッ……とクラウドが苦笑した。

 

 すべてをあきらめたような、徒労を倦むような笑い方だった。