『堕ちた天使~軍服と鞭2』
 
<1>
 
 KHセフィロス
 

 

 

「せっかくなのだから、薔薇のジャムはいかが?フレーバーティーによく合うんだよ」

「……コーヒー」

「付き合いが悪いなぁ。上官のおすすめなんだから、試してみてはどうだい、レオン?」

「……コーヒーでいい」

「まったく君は愛想がないねぇ。……やぁ、『セフィロス』、よく来たね。調度、今、お茶をしていたところなんだよ。君も薔薇のジャム入りのフレーバーティーを飲むかい?」

 

 ……ここには一度来たことがある。 

 足を取られそうな深紅の絨毯、その奥に一段高くなった場所にある寝台。

 ジェネシスたちの軍服を見ても納得がいく。

 例の小説の中で、軍人を扱ったものがあったはずだ。

 ここでは、ジェネシスが総統と呼ばれていて……レオンは……ああ、いや、レオンは私の知る彼ではないけれど、この部屋で遭遇するのは初めてだった。

 

「どうしたの、ぼうっと突っ立っていて。そんなに早く始めたいの?」

 クスクスと笑いながら、ジェネシスが言う。

「…………」

 何も応えない私に、彼は手際よく茶器を操り、豊潤な薫りのフレーバーティーを淹れてくれた。

「ほら、席について。いつも、『最中』に声を出しすぎて喉が渇いてしまうだろう?あらかじめ水分補給をしていたほうがいいと思うけど」

「……わ、私は……」

 ……この世界は嫌だ。

 威圧的な軍服を着たふたり……おまけにこの前、この部屋にやってきたときには、『上官の命令は絶対』との約束事で、口にできないほどの羞恥プレイをさせられた。

「私は……この世界は嫌だ……今日は帰……」

「ほら、『セフィロス』。椅子に座って飲みなさい。……言っただろう?上官の命令は絶対だってね」

 ぞくぞくと背を這う、悦楽にも似た感覚に、私は身を震わせた。

 ジェネシスに魅入られたように、テーブルに着き、差し出された茶を手に取る。

「いい薫りだろう?特別に仕入れた薔薇のジャムだ。なかなか手に入らない逸品なんだよ」

 手が機械的に、カップを口に運ぶ。

 一口飲んで、噎せ返るような薔薇の香りに酔いしれそうになった。

「今日の格好も綺麗だね。その裾引きの民族衣装は君によく似合うよ。まるで天使みたいだ。ねぇ、レオン?」

 ジェネシスがレオンに同意を求めると、彼は無言のまま頷いた。

「その服は君の好みのものなの? 確か、この前、会ったときも似たような裾引きの貫筒衣を着ていたよね」

「……これはレオンの……」

 そう言いかけて、コーヒーを飲んでいる彼が目線をよこした。慌てて頭を振る。

「……側にいる人間が、よく似合うと言ってくれたから……」

 と、私は言い直した。

 

 

 

 

 

 

「そうなの。見る目がある人がいるものだね。もっとも、『こちら側』では、いつもすぐに脱いでもらうことになってしまうが」

 にこにこと笑いながら、ジェネシスが恥ずかしいことをあっさりと口にした。

「……今日はもう帰……」

「ダメだよ、帰れない」

 紅茶を飲みながら、ジェネシスが私の言葉を遮った。

「前にも言っただろう?まだ、少しも満足していない君は、『扉』を見つけることはできない。帰ると言っても帰り道がわからないはずだ」

 レオンは無言のままブラックコーヒーをすすっている。

「……貴様ならば『扉』の場所がわかるのだろう……! 言え!どこに扉がある!」

 苛立った私はジェネシスに詰め寄った。

「大声を上げても無駄だよ。俺たちにだって出口は見えない」

 私は絶望して、椅子に頽れた。

「だからね、ここに来たときは存分に楽しみなさい。そうすればおのずと帰り道はわかるし、何より君の身体が気持ちよくなれるだろう?」

 艶やかに整った顔で、ジェネシスが言った。

 

「じゃあ、『セフィロス』も納得してくれたみたいだし、さっそく始めようか」

 ジェネシスとレオンが立ち上がる。レオンのほうは、いつものようにほとんど感情を読み取れない瞳をしていた。

「『セフィロス』、服を脱いで」

 有無を言わせない物言いで、ジェネシスが命じた。

 私は気に入りの装束に指を掛け、そのまま足元に落とす。寝室の壁面に設置してある巨大な鏡には、裸の私と、きっちり軍服を着込んだふたりの姿が映っていた。

 

 せめて……せめて、ふたりも同じように服を脱いでくれたら……

 

 ……まだ私の羞恥心も紛れるのに、私だけが素肌をさらしている姿は、あまりにも淫らで淫猥に感じさせられる。

「どうしたの、まだ何もしていないのに、頬を赤らめて」

 ジェネシスが私の顎をとって、訊ねてきた。だが、口に出して応えることはしなかった。敢えてかぶりを振って、その手から逃れる。