~この手をとって口づけて~
 
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 その日の朝一番、気の毒なスコール・レオンハートは、一通のメールで飛び上がることになった。

 

『しばらくのあいだ、えすたにいく』

 

 いかにもたどたどしいそのメールの送り主は、言わずと知れた『セフィロス』その人であった。

「な、何なんだ、これは……!」

 えすた……『エスタ』に行くと書いてある。いや、むしろそれだけしか書いていないと言ったほうが正しい。

「……どういうつもりなんだ、セフィロス!」

 整った顔立ちを苦しげにゆがませると、彼は即座にメールを受けた携帯電話で、通話を試みた。しかし……いや、案の定というべきか、何度コールしても、相手は出ない。

 昨今ようやくメールの返信をするようになってきてはいたのだが、電話でやりとりをしたことはなかったのだ。

「くそッ!通じない」

 思わず携帯電話を床に叩き付けそうになって、彼は踏みとどまった。

 

「レオン、大きな声出して、どうかしたのか?」

 バスルームを使い終えたクラウドが、バスタオルをかぶったままそう訊ねる。

 

 ホロウバスティオンの郊外にある小さな家に、彼らは共に住んでいる。

 ふたりが一緒に生活するようになったきっかけについては、話すと長くなる。いわゆる特別な関係にあるふたりと考えてくれてかまわない。

 冷静沈着なスコール・レオンハートことレオンと、感情で突っ走るクラウドとでは、なかなか生活ペースが合わないと思われがちだが、そこは互いの歩み寄り……もっともそれは大分レオンの側からのものであったが、幸せな家庭生活に近いものであった。

 

「あ、いや、ちょっと……な」

 レオンは言葉を濁した。クラウド相手にセフィロスの話題は禁句なのだ。それはこれまでの物語を辿ってくれればよく理解してもらえるだろう。

 いかに気持ちが通じ合い、恋人同士になったとはいっても、どこかふわりと地に足のつかないセフィロスの行動は、レオンにとって突拍子もなく常にあたふたとその対応に負われることになる。

 今回の一件も、どうやらそれに近そうだ。

 セフィロスとの特別な関係は、すでに同居人と化しているクラウドに知られるのだけは避けなければならなかった。なぜならレオンにとっては、クラウドとの関係も世間一般であるところの恋人同士であり、よくない言い方をするならば、二股をかけている状況となっているからだ。

 

 

 

 

 

 

「ほら、クラウド。今日は朝からミーティングがあるんだろう。俺もアンセムの城に行かなければならないからな。早く食事を終えてしまえ」

 平静を装い、レオンが言う。

 クラウドは食べかけのオムレツを、ミルクと一緒に口に入れた。

「レオンはまたアンセムの城かよ。あそこモンスターがうじゃうじゃいるだろ。大丈夫なの?」

「まともに相手をしなければならないような輩はいない。どうしても、日に一度はPCにアクセスしたくてな」

「シドがいるんだから、任せておけばいいのに」

 ふて腐れたようにクラウドが言った。最近はもっぱらマーリンの家に通わざるを得ない状況で、レオンとは別行動なのが不愉快の原因になっているのだ。

「シドをわざわざモンスターだらけの城まで連れて行く意味はないだろう。ひとりで言ってもらうのはさすがに不用心だしな」

 努めて動揺を悟られないように、レオンがしゃべる。テキパキと皿を片付け、食洗機に放り込んでいく。人は何かしらやることがあるほうが、その心の内を悟られずに済むものなのだ。

 

「はいはい、じゃ、俺、歯ァ磨いたら先に出るね」

 クラウドが席を立つ。その隙を縫ってレオンは、ふたたび携帯電話に目を落とした。

 しかし、メールの続きなりが来るわけでもなく、先ほど穴が空くほどに見つめた、そっけない一文しかない。

(いきなりエスタに行くとはどういうことなんだ。ラグナにでも誘われたのか?……いや、何か特別な用事があってのことなのだろうか……一昨日までは何も言っていなかったのに。もしや、昨日は城を訪ねられなかったから機嫌を損ねて……いや、まさかそこまで子供じみた行動を取るとは……)

 レオンは無口な青年である。

 しかし、その脳内にはさまざまな憶測が飛び交い、とても文章に書き出せるほどではない分量の言葉が紡がれているのだ。

(そもそも、俺にセフィロスの行動を束縛する権利があるだろうか。彼だって大人の男なのだ。仮に物見遊山の旅行に出たとしても、こちら側に阻止するいわれはない……)

 

「じゃあ、先行くね、レオン。……って、レオン、なに眉間にシワ寄せてんだよ。何かあったの?」

 クラウドにこれ以上不審がられては厄介なことになる。レオンは十分それをわかっているのだ。

「いや、何でもない。親父の関係でちょっとな。……場合によっては、近々エスタに行くことになるかも知れない」

 レオンは、怪しまれないように、伏線を敷いた。

「なんかよくわかんないけど、俺にできることがあったら言ってよね。その……俺たち、こういう関係なんだからさ」

 ポッと頬を染めてそういうクラウドは、誰がみても可愛らしく思えた。

「ああ、すまん。それは大丈夫だ。それより早く行け。遅くなるぞ」

 レオンはクラウドの頬にキスをひとつ落とし、『いってらっしゃい』のあいさつをしたのであった。