~この手をとって口づけて~
 
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「レオン、どうかしたの、眉間にシワ寄せて」

 夜。

 アンセムの城から戻ったレオンを見て、クラウドが呆れたようにそう言った。それほど、彼のシワの溝は深いものであったのだろう。

「ああ、いや。……クラウド、すまんが、俺は私用でエスタに行ってくる。一週間もかからないと思うが、その間は火の元に気をつけて、無理をしないで、ちゃんと生活しているんだぞ」

「エ、エスタって……ラグナさんに何かあったの?」

「……まぁ、そんなところだ」

 と、レオンはごまかした。

 クラウド相手に、正直に話すわけにはいかない。そうであるならば、父親であるラグナがらみの用件だと思わせるのが、もっとも自然だからだ。

「レオン、どうしたの? オレも一緒に……」

「いや、これは私的なことだから。クラウドには、他にやることがあるだろう。こっちのことは心配しなくていい。用事が済んだらすぐに戻ってくる」

 レオンはクラウドと目を合わさずにそう告げた。もともとウソの苦手な男である。正面切って偽り事を口にすることはできなかったのだ。

「でも……」

「とにかくそういうことだからな。おまえは何も心配しなくていい」

 少し低いところにあるクラウドの額に口づけて、レオンは自室に引きこもった。さっそく荷造りを始める。

 何はともあれ、セフィロスの居場所だけは判明した。彼にとって、これはラッキーなことだった。

 不本意とはいえ、ラグナの側……つまり大統領官邸で保護されているというならば、おかしな輩に目を付けられることもあるまい。

 もっとも普通の人間が相手になる男ではないが、下賤な乱暴者を側に近づけたくないのも事実だ。あの綺麗な人が穢れる感じがして嫌なのだ。

 それにしても、いくらラグナに誘われたからといって、ひとりでエスタまで行くというのはどういうことなのだろう。

 レオンは考える。

 もともとセフィロスは行動的なキャラクターではない。どちらかというと、積極的に動くことなく、ふらふらと次元の狭間にたゆたうようにして生きてきた人だ。

 その彼がわざわざ飛行艇など使って、他国へ出掛ける理由が、ラグナの言う『祭り』が目的というのは理解しがたいのだ。

 『祭り』などという賑わしいところから、もっとも離れた場所にいるような人なのである。

 レオンはもっとも早い出発のチケットを取り、一路、エスタに向かって飛び立ったのである。

 

 

 

 

 

 

「セ~フィ。今日はいい天気だねぇ。せっかくだし、一緒に散歩に出掛けようよ」

 昼過ぎに、ひょいとセフィロスの客室に顔を出すと、ラグナが彼を誘った。

「仕事はどうしたのだ?」

 とセフィロスが問う。

「そんなもん、午前中で終わり終わり!お祭りのときのさ、『流し』をする場所もチェックしておきたいでしょ?ラグナさん的にはすでに穴場を確保してあるんだけど、セフィ的にはどーかなってのも聞きたいし」

「……行く」

 セフィロスは即答した。

 どうやら、この人離れした青年にとって、次の日曜日にエスタでおこなわれる祭りはかなり重要な出来事であるらしい。

 もっともそれは、彼がわざわざホロウバスティオンからエスタくんだりまで、単身やってきたという事実でも十二分に理解できることなのであるが。

 ちなみにセフィロスは、エスタに来てからは、そこの民族衣装でもある、裾長の貫筒衣を身につけている。

 今日の衣装は白地にエメラルドと琥珀色の糸で美しい刺繍が施されているものだ。襟ぐりはボートネックで左右に大きめの開きがあり、彼の白い肌がそこからわずかに見える仕様である。

「うーん、セフィはなんでも似合うと思うけど、エスタの装束はとびきりだねぇ。ものすごい美人さんだ」

 手放しで褒めるラグナに、セフィロスは言った。

「……レオンもエスタの装束が好きだと言ってた。私によく似合うと……」

「へぇ、あいつでもそんな気の利いたこというの?あーでも、セフィ、男は狼だからね、コレ。あんまり隙を見せると食べられちゃうぞ、ガオ~」

 と笑って飛びつくラグナである。

 ラグナの方は大統領だというのに、古ぼけたチノパンにGジャンというあまりにも気楽な出で立ちである。

「それじゃあ、行こうか、セフィ。エスタの街には不慣れでしょ。迷子にならないように手、繋いでいこう」

「ん……」

 ラグナはしっかりとセフィロスと手を繋ぎ、官邸の裏口からこっそり外に出たのである。