~この手をとって口づけて~
 
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 大統領官邸は、当然街中にある。

 ラグナがセフィロスを連れて向かったのは、市街地から、遠く離れた西の丘陵地のほうだ。小高い山になっていて、そこには沢がある。

 そこから流れ出した水は、うねるように丘陵を下って、街中の水路に繋がっている。

 エスタでは至る所に水路が走っており、その美しさもまた、エスタの街を輝かしく彩っていた。

「セフィ、大丈夫? 疲れない」

 ラグナはセフィロスの手を引きながら、細かな気配りをする。

「……問題ない。早く目的の場所に行きたい」

「うんうん!秘密の穴場だからね~。きっと笹舟が綺麗に流れると思うよ」

 嬉しそうに笑うラグナに、セフィロスも淡い笑みを浮べるのであった。

 

 小一時間も歩いたであろうか。

 ラグナたちは、小さな池の畔に到着したのであった。そこからは細い自然の水路が生み出されており、緩やかな小川になっている。

 窪地になっているそこは、なるほど容易に人に見つかるとは思えない、絶好の穴場であった。

「どう、セフィ、綺麗な所でしょ」

 得意げにラグナが言った。

「ふむ……なるほど、ここならば流れも急ではないし、笹舟を浮べるには絶好の場所だな」

 注意深くその周辺を歩き回るセフィロスだ。バレエシューズを履いた足が、軽やかに草を踏む。

「だよね~。後はきちんと笹舟を作れるかっていうところが問題だな」

「……ふむ」

「エスタの笹は、普通のものに比べてとても大きいからね。きちんと船の形に折って、願い事を書いた紙を乗せてやらなきゃならないんだから」

「わかっている……だが、あの葉は大きい割には脆くて……」

 ため息混じりにセフィロスがつぶやいた。

「だから、ラグナさんが折ってあげるって言ってるじゃん。セフィは紙にお願い事を書けばいいよ」

「……自分で折る」

 頑固にもセフィロスがそう言った。

 実はこのやり取りは数回にわたっておこなわれていたのだ。手先が器用とはいえないセフィロスだが、笹舟を折るという作業も含め、すべてをひとりでやろうとしていた。

 

 

 

 

 

 

「セフィも頑固だな~。それじゃ、また何枚か葉を採っていって、部屋で練習しようか」

 ラグナが笑う。

「……そうする。自分でやらなければ……願いは叶わぬと思う」

「セフィがそう思うんなら、頑張ってみればいいさ。まだ少しだけど、時間は残されているだろ」

「ああ。本番は明日の夜だから」

 笹の葉を摘みながら、セフィロスが頷いた。

「それにしても、セフィがそんなに叶えたい願い事を持っているとはねぇ。正直意外!」

 そう言うラグナに、セフィロスは

「そうか?」

 とだけ応えた。

「ああ……だが、確かに、以前はこんなふうに考えたことはなかったな」

「でしょー。セフィが必死になって何かを叶えようとしている姿って、ちょっと想像つかないもの」

 ラグナが言う。

「……最近、考えるようになった。だから、明日の夜は笹舟を浮べようと思う」

「うん、わかった。せっかくだから、オレもセフィとずっと仲良く居られますようにってお願いしようかな」

「ラグナは、ラグナの好きにすればいい」

「ちぇーっ、つれないの。ま、いいや。それじゃ、時間ももったいないし、戻ろうか」

 まだ十分に明るい、午後の陽差しの中、ふたりはゆっくりと大統領官邸に戻ったのであった。

 

 官邸。

 ふたりがもと来た道を、逆に辿って官邸に戻った。

 セフィロスは、宛がわれた私室に置いてある小さな銀色の携帯電話を手に取る。そこには二十通を超えるメールと、電話の着信履歴が並んでいる。

 彼は小さなため息を吐いた。

 相手はレオンである。

「エスタに行くと、ちゃんとメールしたのにどうしたというのだ……」

 ぽつりと独り言をこぼす。それをこそ、レオン相手に言ってやればよいのだが、彼としては、事前に伝えた事柄をわざわざ繰り返す理由がわからなかった。

「……無事だと伝えれば怒らないだろうか」

 そう考えて、彼は辿々しくメールを打った。

 

『えすたにいる。ぶじだ。もんだいない』

 

「……これで、レオンも安心するだろう」

 一仕事終えたというように、おおげさにため息を吐くと、セフィロスはさっさと携帯電話をチェストの引き出しに放り込んでしまったのだった。

 

「セフィ、笹舟の練習するんだろ~?」

「ああ、今、行く」

 ラグナの声に応じて、セフィロスはテーブルに着く。セフィロスの大きな手でも余るほどの特別な笹の葉を手繰って、船の形を作るのだ。

「セフィ、そこでひっくり返して……そうそう。力を入れすぎないで折って……」

 ラグナがとなりから口を挟んで指導する。

「こう……こうか。ああっ……」

「あー、縦方向に力を入れると、すぐに破けちゃうからね~」

 無惨にも縦に裂けてしまった葉を眺めながらラグナが言った。

「……確かに、力の加減が難しいな」

「なんのなんの、レッツトライだぜ、セフィ」

「そうだな。もう一度やってみよう」

 あきらめることなく、セフィロスは新たな葉を手に、笹舟を折った。