人形の城
〜キングダム・ハーツ外伝〜
<1>
 
 スコール・レオンハート
 

 

 エスタから戻り、十日が過ぎた。

 そう……すでに、240時間もの時が流れてしまったのだ。

 どうして、あのとき、セフィロスをひとりで帰してしまったのだろう。

 肩の傷は治ったばかりだったし、帰りの飛行機では気分が悪くなり、ずっと横になっていたのに。

 大統領専用機に乗った俺たちが到着したのは、ホロウバスティオンの空港。もちろん、VIP用の昇降口であったのだが……

 そこの待合室に、ちょこんと尖った金髪が見えた。

 おそらくラグナが、家で待つクラウドに連絡をしたのだろう。対人関係について未だ不安定の彼は、わざわざ俺を迎えに来てくれていたのだった。

 

 ……だから、セフィロスを引き留めることができなかった。

 クラウドとセフィロスを会わせるわけにはいかなかったし、おそらくセフィロス本人がそんな気分じゃなかったのだと思う。

 苦肉の技で、なんとか彼の携帯に、俺の連絡先をたたき込み、密かに彼の電話番号を頭に書き付けたところで、別れざるを得なかった。

 セフィロスにはくどいくらい、具合が悪くなったら連絡をよこせと、繰り返したのだが、あっさりと立ち去る彼は一度も俺を振り返りはしなかった……

 

「……くそッ!!」

 俺は掌に収まる小さな物体を、ソファめがけて投げつけた。

 ……もちろん、壊れる心配のないクッションにヒットさせるのは、俺なりの理性だ。

 小さな物体……携帯電話は、ボスンとやわらかなクッションに抱き止められ、そのままソファの上に転がり落ちた。

「着信履歴が残ってるだろッ! 折り返し連絡くらい入れろ!!」

 あれから、一体何度コールしただろう。

 叩き付けるように俺は叫んだ。

 ……小声でだ。大声を上げると、まだベッドで休んでいるクラウドに聞こえてしまうから。

 

 

 

 

 

 

「……ふわぁ……オハヨ……レオン」

 それから三十分ほどして、クラウドが起き出してきた。ごしごしと目を擦っているのは、まだ眠気が去っていないのだろう。

 ……これなら、まず俺の癇癪は聞かれていなかったと安堵する。

「ああ、起きたのか。顔を洗ってこい、クラウド」

「ん…… シャワー浴びてくる。お腹空いた……」

 いつものようにそうつぶやくと、彼はフラフラとバスルームに行った。

 俺が帰ってきたばかりのころは、なんだかひどく不安げに、周囲をうろちょろと付きまとっていたが、大分落ち着いてきたらしかった。

 

 彼はバスルームに姿を消してから、ほんの十分ほどで、居間に戻ってきた。クラウドはカラスの行水なのだ。

「あー、朝ご飯おいしそ〜」

「……ピーマン残すなよ」

「わかってるよーだ。……あー、めんどくさいなぁ、今日も続きやんなきゃ」

 クラウドはスプーンを手にしつつ、ソファのガラステーブルに散らかしたままの書類に目をやった。

「しかたないだろ。割り当ての分なのだからな。……だから、俺がいない間に進めておけと言っておいたんだ」

「だってさ〜……」

 と、さも不満げに口をとがらすクラウド。

「だって、レオンがいないと、何もしたくなくなるんだもん」

「クラウド…… 子供じゃないんだからな」

「わかってるってば。だから今、がんばってんじゃん!」

 そういうと、話はおわりというように、勢いよくオムライスを食べ出した。

 朝っぱらからオムライスかよ!と突っ込まれそうだが、彼はわりと平気で食べる。ややケッチャップの甘みがきいた卵料理は、彼のもっとも好むところらしい。

 

「レオンの担当分は終わってんの?」

「当然だ。ラグナのところに行く前に済ませた。そうでなくとも、パトロールやコンピューターの解析など、仕事はいくらでもあるからな」

「チェ〜ッ、嫌み!」

 といいつつも、基本は真面目な青年なのだ。さっさと食事を済ませると、やりかけの書類を手に取った。だが、すぐにため息が出てくる。あまりデスクワーク向きの青年ではないのである。

 

「歯を磨いてからにしろ、クラウド。……じゃあ、俺はPCルームに行ってくるから。それほど遅くにはならないと思う」

「ハーイハイ。いってらっさい」

「ふて腐れるな。……いいか、もし、誰か訪ねて来ても、いきなりドアを開けるなよ。ちゃんと相手を確認してからだ。それから、電話もちゃんとメモを取って……」

「あー、もうわかってるってば。子供扱いしてんのはそっちだろ!」

 ……確かに。

 だが、クラウドは日常生活面においては、ほとんど子供と変わらないのである。

 最近、ようやくまともに、電話の受け答えができるようになったばかりなのだから。

「では、行ってくる」

「ハイハイ。……レオン」

「……今度はなんだ?」

「忘れ物!」

 そういって、ひな鳥の用に突きだした唇を、コレコレ!と指さすクラウド。

「…………」

「早く! オレ、続きやんなきゃなんないんだから!」

「……行ってきます」

 ため息が混じるのを押し殺し、オレはつややかな白い額に唇を落とした。

 なんだ、おでこかよ!

 と、さらに文句をいう彼を宥め、ようやく家の外に出ることができた。

 

 目的地はマーリンの家ではない。

 アンセムの城だ。そこに彼の世界へつながる入り口があると、セフィロスは言っていた。

「近くなのか?」

 と急き込み訊ねた俺に、

「いつでも誰でも入れるすぐ近くの場所……だが、もっとも遠いところにあるのかもしれぬ」

 と、禅問答のような、抽象的な答えをくれた。

 この十日、アンセムの城に足を運ばなかった日はない。あちらこちらの部屋を探索し(もちろん、データ整理という仕事もした)、彼と初めて出逢った水晶の谷まで足を伸ばしたが、いっこうに足取りはつかめなかったのだ。

 だが、それであきらめる俺ではない。

 しぶとさはしっかりとコスタ・デル・ソルで学んできた。もう一度、セフィロスに会いたい。

 そして今度はきちんと話をしたい。……ふたりきりで。

 

 俺は決意を新たに、バイクを飛ばした。