人形の城
〜キングダム・ハーツ外伝〜
<3>
 
 スコール・レオンハート
 

 

 

 

「セ、セフィロス……」

 長い銀の髪が、クイーンサイズ以上の巨大な寝台に散らばっている。

 青ざめた白い肌を見て、まさか死体ではと思ってしまったのだが、彼の規則的な呼吸音は、深い眠りについていることを表していた。

「セフィロス……」

 はぁぁ……と俺は深くため息を吐いた。

 それが安堵の吐息だったのか、散々心配させておきながら、心地よさそうに眠っている彼への不満だったのか…… 俺自身にもよくわからなかった。

 すぐにでも起こして話をしたかったのだが、俺は自分の性急さに歯止めを掛けた。

 これまで、何度も失敗し続けてきたではないか。

 おのれの感情に縛られ、コスタ・デル・ソルで、会うなり説教をしてしまったことも、エスタで再会したときにも、すでに懇意になっていたラグナに嫉妬したことも……結果的には、すべてセフィロスの機嫌を損ねてしまったのだ。

 俺はもっと相手の気持ちを察しなければならない。

 そう……コスタ・デル・ソルで出逢った、ヴィンセントさんのように。

 

 ……きっと、ヴィンセントさんなら、心地よさそうに眠る彼を、無理矢理叩き起こしたりはしないだろう。セフィロスが目覚めるまで、傍らで静かに待っているに違いない。

 一瞬、コンピュータールームに引き返して、スキャンし終わったデータをアウトプットし、この部屋で仕事をしようかと考えたのだが……

 その作業だけで、おそらく十五分程度はかかってしまう。

 もし、その間に、姿を消してしまったら……?

 こんなによく眠っているのだから、その程度の時間、何の問題もないのかもしれない。

 だが、これまで探して探して、必死の思いで再会できたのだから、易々と側を離れてしまうのは、心許なかった。

「……いいか。仕事はいつでもできる」

 俺はひとりごちて、自身を納得させた。

 ベッドサイドに椅子を引き寄せて、音を立てずに座る。

 思い返してみれば、こんなふうに無防備な彼と対峙するのは初めてだ。

 

 エスタからの帰還時に、具合を悪くしたときでさえも、眠っていたわけではないから警戒は解いていかなかった。

 エスタでは、いつも側にラグナがいたし……

 

 こうして、ふたりきりで…… しかも安眠している彼の側に侍ることなど、機会がなかったのだ。

 

 

 

 

 

 

 陶器のように、白く滑らかな肌……

 よく、小説の中で、「透けるような白磁の……」などという表現がなされるが、まさに彼がそういった肉体の持ち主なのだろう。

 死の大天使と呼ばれる、最強の剣士なのに…… コスタ・デル・ソルの『セフィロス』の言葉を信じるのなら、複雑な彼は、『誰よりも脆い』はずなのだ。

 横たわる彼をじっと見ているだけなのに、不思議と俺は退屈であったり眠くなったりすることはなかった。

 部屋は日射しで暖かく、それこそ腕時計の音が聞こえるほどの静寂の中にいるのに。

 

 セフィロスは白い貫頭衣のような物を身についているらしかった。

 半身はシーツに隠れているから確認できないが、大きく襟首の開いたそれは、エスタでよくみるそれに似ている。

 ……もしかしたら、ラグナのバカオヤジが恩着せがましく、みやげにと持たせたのかも知れない。

 俺は襟首の開いた服の肩に注目した。もちろん、コスタ・デル・ソルで負傷した方のだ。

 縫合した後がしっかりと残っていたのだが……今は大分よくなっているのだろうか。

 貫頭衣とはいっても、襟に余裕があるというだけなので、肩口のほうまでは見えない。布をずらせば、確認できないこともなかろうが…… さすがにそれはマナー違反か。

 いや、だが、きちんと理由あってのことだ。

 彼の負傷はコスタ・デル・ソルに取り残されたことが原因で、さらにいうのならば、コスタ・デル・ソルにセフィロスがやってきたのは、俺を連れ戻そうとしたヴィンセントさんのクラウドが……

 ああ、いや、ややこしい!

 理屈などどうでもよいではないか。なにもおかしな意味合いで触れるわけではなく、あくまでも傷の具合を見るためであって…… もちろん、セフィロスが起きていれば話は早いのだが、今は眠っているから。その彼をわざわざ目覚めさせるのは忍びないのだ。

 俺は自身の中できちっと理由づけを終え、納得した。

 

「……失敬、セフィロス」

 眠り込んでいる彼に、小声で謝罪し、俺はそっと彼の服に手を掛ける。

 念のために言っておくが、革手袋のママではなく、きちんと手洗いを済ませた素手でだ。

 

 ……しかし、やはり俺は無骨な無神経者なのだろう。

 十分起こさないようにと配慮したつもりだったのだが、俺が服に手を掛けた瞬間、これまでぐっすりと眠り込んでいたセフィロスが、ぽかりと双眸を見開いた……