人形の城
〜キングダム・ハーツ外伝〜
<4>
 
 スコール・レオンハート
 

 

 

 

「あ……い、いや……その……」

 さっさと手を下ろせばよいものを、俺はとっさの判断ができなくなっていた。

 あろうことか、彼の襟元に指を掛けたまま、石のように固まってしまったのだ。

「…………」 

 セフィロス本人は、吐息が掛かりそうな距離に俺がいるというのに、いっこうに驚く素振りもみせず、そのままの姿勢で目線だけを俺に寄越した。

「あ、ああ、いやッ! 違うんだ! そうではなくて……ッ!」

「……私は何も言って居らぬ。久方ぶりだな、ホロウバスティオンの英雄」

 セフィロスは抑揚のない口調でそういうと、ゆっくりと身を起こした。もちろん、その拍子に、俺の指はあっけなく、光沢のある服地から滑り落ちた。

「……何か私に用か?」

 ため息混じりにそうつぶやく。

 その素っ気ない物言いに、カッと頭に血が上った。

「決まっているだろう! アンタの怪我の様子が気になっていたんだ!」

「……怪我……」

「コスタ・デル・ソルで肩に傷を負っただろう! エスタにいたときでも、完治していなかったではないか!」

 勢いに任せてまくし立ててしまう。

「……携帯に、何度も連絡を入れたのだぞ! メールも送ったし…… 着信履歴だけでなく、メッセージも残したのに……!」

「…………」

 セフィロスは無言のまま、ほぅと再びため息を吐いた。かなり長い間、不愉快そうな面持ちで黙りこくっていた。白く細い指で額を押さえ、

「……傷はもう何ともない。用件はそれだけなら出て行け」

 と、低くつぶやいた。

「セ、セフィロスッ」

「……おまえはうるさい。私に会えば文句ばかりだ。……鬱陶しい」

「……ッ」

 思わず俺は息を飲んだ。自戒していたはずなのに……!

 どうにも俺は心配ごとがあると、口調がきつくなるのだ。ここ数日、彼のことを考えない日はなかった。だからこそ、こうして会うことができて、つい……

 

 

 

 

 

 

「……すまん。怒っているわけではないのだ」

 俺はトーンを落として謝罪した。

「…………」 

 セフィロスは顔を背けたまま、何も言ってくれない。

「その……つい、心配で……」

「…………」

「その……携帯電話にも出られないような状況なのかと……不安になってしまってだな」

 いいわけがましいと思うだろうが、ジェスチャー付きで弁明した。無口な無愛想男で通っている俺としてはがんばったつもりなのだが。

「しゃべるのが煩わしいのなら、せめてメールでの返信を……」

  気を取り直して、そう促したときに、セフィロスの唇が小さくうごいた。

「……ない」

 ぼそりとしたつぶやきは、小さすぎて聞き取れない。

「え……」

「……わからない」

「な、何がだ……?」

 主語になる単語もわからず、俺は困惑した。

 最近、気付いたのだが、クラウドとセフィロスの物の言い方は似通っている部分がある。

 ふたりとも、考えたことを順序立てて口にするタイプではなく、頭に浮かんだことをそのまま口にするのである。

 それで上手く伝わらないと、クラウドは、

「ほら、もう、アレに決まってるじゃん!」

 と、察することのできない俺に、苛立ちをぶつけてくる。

 一方セフィロスのほうは、話が通じなくても、あまり痛痒は感じないらしい。

 しつこく確認しなければ、それ以上のことは話してくれないし、彼自身の興味が他に移れば忘れてしまうような感じだ。

 

 俺はもう一度、彼の発言について言及しようとしたが、今度はセフィロスのほうから動いてくれた。

 巨大な寝台のフロントボードに置かれた小さなもの……

 そう、ラグナから受け取った携帯電話だ。シルバーの繊細なフォルムが光を弾いている。そいつには、もちろん、俺の番号も登録されているのだ。

「着信……? メール……?」

 セフィロスはそれを両手で持って、丁寧に開けると画面をぼんやりと眺めた。

 一応、充電はしてあるのだろうが、積極的にいじっている様子はない。画面もラグナに渡されたときのまま変わっていなかった。

「セフィロス。着信履歴を見てもらえば、登録のある人間ならば、誰から連絡があったかわかるだろう。メールも差出人の名は記載されているはずだ」

 俺はさきほどの失態を打ち消す気持ちで、親身になって説明した。