人形の城
〜キングダム・ハーツ外伝〜
<5>
 
 スコール・レオンハート
 

 

 

 

「……おまえからのメールとやらはどうすれば見られるのだ? ちゃくしん……とは?」

「う……」

 思わず喉の奥で唸ってしまった。

 確かにやや浮世離れしているところはあったが…… 

 いや、いかん。この場で呆れたような素振りを見せては! 一度は黙り込んでしまった彼が再び口を開いてくれたのだ。

 今日はなんとしてでも、セフィロスの居場所を知りたい。傷の具合のこともそうだし……いや、なにより、俺自身がもっとこの人物のことを知っておきたかったのだ。

 そのためにも、ある程度、友好関係を築いておかなければなるまい。

「……よくわからぬ」

「そうか。ラグナの阿呆めが。使ったことがなければ知らないのも道理だ」

 ラグナを悪者に仕立て上げ、俺はセフィロスに、寝台に腰を下ろす許可を得た。

 側に近づかないと説明しにくいからだ。彼は相変わらず、起き上がったままの姿勢であったし……

「まず、ニュートラルの状態から…… このボタンを押すとメニュー画面が出る。……やってみてくれ」

 そういうと、セフィロスは携帯電話を持っていないほうの、人さし指で、丁寧にボタンを押した。

 いや……持っている方の親指で押した方がと助言したかったが、機嫌を損ねられると困る。使い方さえ理解してもらえれば、それでよいのだから。

「これがメニュー画面だ。基本的に様々な機能はここに集約されている」

「ふむ……」

 頷いたのを確認して、話を進める。

「次にユーザーデータを押してみてくれ。……ここで着信履歴が見られる」

「……ああ、なるほど」

 今度はセフィロスが呆れたような口調でそう言った。なぜなら、すでに彼の着信履歴の画面は、俺とラグナの名前で満杯だったからだ。

「……ゴホン。と、まぁ、こんな具合だ。ただ、通常、着信があったら、メニュー画面からわざわざ開かなくても、携帯のトップ画面にその表示が現れる。その時に決定ボタン……そう、その中央のヤツだ。それを押せばすぐに見ることができるようになっている」

「ああ、わかった……」

 彼は出来のよい生徒のように、俺の説明した作業を後追いで繰り返し、素直に頷いた。

「すでにきちんと番号が記されている状態だから、同じボタンを押すだけでかけ直すことができる。やってみてくれ」

「これ……か? 押していいのか?」

「そうだ」

 説明したとおりの作業をしてもらうと、俺の胸ポケットの携帯がブルブルと震えた。

「ほら、きちんとかかってきているだろう?」

「おまえのは音がしないのか?」

「ええと、これはバイブレーション機能にしてあるだけだ。アンタにとってはそれほど重要なことではないから、特に覚える必要はない」

「……ふむ」

 

 

 

 

 

 

「では、続いてメールだ」

「ん……」

 彼が携帯を持った姿勢で、俺の方に身を寄せた。

 その拍子に薄手の貫頭衣がさらさらと波打つ。俺の視界に、肩の傷口が目に入ったが、そこは皮膚が紅く引き攣っていた。

「…………」

 無言になった俺の目線に気がついたのだろう。彼はああ、という表情をして、面倒くさそうに口を開いた。

「……肩の傷はなんともない。もう治った」

「痛みも、まったくないのか?」

「……多少疼くことはあるが……そういうときは、こうして眠る」

 今のこの状態を言っているのだろう。俺は少し驚いて言い返した。キツイ物言いにならぬよう、十分心を砕いて。

「今……痛むのか? 熱を持っているのだろうか?」

「寝たら治った。……話を続けろ」

 携帯電話の説明をということだろう。彼は俺に見えるようにそれを持ち上げた。

「あ、ああ。だが……」

「大事ないと言っている」

「わ、わかった。ひとまず電話の説明をしてからにしよう」

「…………」

「ええと……次にメールだ。メールを見るときは、このボタン……ほら、手紙の形を模しているだろう?」

 少し早口で俺は言った。

「ふむ……そういわれれば見えなくもない」

「ああ、押してみてくれ」

「こうか…… ああ、なるほど……これが手紙……」

 セフィロスはものめずらしそうに頷いた。

「そう、メールだ。中を開いたものは形が変わる。まだ一つも開封していないようだから、適当に一番上のものを……」

 俺はそう促した。情けなくも、やはりここに溜まっているのはラグナと俺のものばかりだった。

 ピッ……

 

『セフィ〜!? 元気〜? ラグナさんは超元気だよ!

あ、でも、昨日もメールしたのに、元気?ってーのはヘンかな〜?

セフィってば、返事くれないんだもん。ラグナさんすごい心配だよ。

もし、なんか困ったことがあったら、すぐに連絡しなよね。

俺、セフィのためだったらスーパーマンになっちゃうよ!マジで!

そのうちまたエスタにおいでよ。

ウチの無愛想なアホ息子じゃ、安心してセフィのこと任せられないしィ〜!

あ、会議が始まるって! もう超めんどくさい!そんじゃね(^o^)ノ』

 

「……あのクソお調子者のバカオヤジがッ!」

 勢い余ってセフィロスの携帯を叩きつけたくなる。だが、自重、自重だ。

「ふ…… ああ、なるほどな。ちゃんと手紙、だな」

 ラグナからのメールが可笑しかったのか、セフィロスは楽しげに微笑んだ。俺の不快ゲージが跳ね上がる。 

 だが、自制心を総動員して、俺は冷静を保った。

「……メールの返信の仕方だが、少し複雑だ、いいか……?」

 務めて、丁寧に、丁寧に、操作方法を伝授したのであった。