人形の城
〜キングダム・ハーツ外伝〜
<6>
 
 スコール・レオンハート
 

 

 

 

「……基本的な機能は今、説明したとおりだ」

「ご苦労……」

 心ここにあらずといった様子で、頷き返すと、今になってようやく興味を抱いたのか、彼は携帯電話を面白そうにいじっていた。

 ふたりでいるときに、携帯をいじられると、正直俺などはイライラするのだが……

 相手がセフィロスならば、ここはグッと我慢だ。おのれの常識を突きつけると、彼はすぐに面倒くさそうに姿を消してしまうから。

「セフィロス。なにか急ぎの連絡でも入っているのか?」

「いや……どうせ、おまえとラグナくらいだろう。ラグナのは……読んでいると面白い」

 そうだろうよ……俺の送ったメールよりはな!

「すまないが、セフィロス。携帯電話の話はもういいだろうか?」

「……? ああ、そうか。おまえは私を捜していたと言っていたな。用件はなんだ」

 ようやく携帯電話を閉じて俺に向き直ってくれた。とはいっても、半身はまだベッドに潜ったままだし、物言いには興味のかけらも感じられなかったが。

「……まず、ひとつめは、アンタの怪我のことだ。その、先ほど、つい手を伸ばしてしまったのは、様子が知りたくてだな……」

 徐々に弁明に変わってしまう、おのれのセリフがこっ恥ずかしくてたまらないが、セフィロスはひどく退屈そうに聞いていた。

「もう治っていると言っているだろう……」

「い、いや、だが、疼くときがあると……」

「……だから、その程度だ。後は時が経ればそういったこともなくなるであろう」

 眠そうにそう応える。

 セフィロスの口調から、しつこい問いにうんざりとしている様子が感じられる。負傷の原因のひとつである俺の立場としては、さらにくわしく聞き、場合によっては世話をさせて欲しかったのだが、この話は一旦置くことにした。

「では、もっとも重要な用件を話す。……今日こそは、アンタが住んでいる場所を教えてくれ!」

「…………」

「聞いたからと言って、いきなり押しかけるつもりはない。ただ、知っておきたいんだ。怪我のこともそうだが、もし何かあったときに、すぐに手助けができるかもしれないだろう?」

「…………」

「ラ、ラグナもずっと気にしていたし……」

 無言のままのセフィロスに困惑して、俺は天敵アホ親父の名前まで出して説得した。

 

 

 

 

 

 

「…………」

「セフィロス……? 俺に話すのがどうしても嫌なのか?」

 その物言いが、どこか琴線に触れたのか、彼はフッと低く笑った。

「率直な物言いは、おまえの美点だな、ホロウバスティオンの英雄」

「からかわないでくれ。俺は真剣に訊ねているのだ」

 強い口調にならぬよう、力をセーブして俺はそう告げた。

 

「……何故におまえは、私にかまう?」

 凍った湖のような双眸が、俺を見上げた。

 彼は寝台に半身を埋めたまま、俺は立ち上がって彼を見ていたから。

「え……」

「問いのとおりだ。どうして、それほど私に関わろうとするのだ……」

 言われてみれば、これほど当たり前の質問もないだろう。

 セフィロスの手から逃れてきたクラウドを保護し、共に生活している俺。直接口にはしていないが、きっとセフィロスは、俺とクラウドがすでに特別な関係にあるのに気づいているのだろう。

 それなのに、敵対する立場であるおのれに、何故それほど頓着するのかと彼は訊ねてきているのだ。至極もっともな問いである。

「それは……」

 コスタ・デル・ソルの『セフィロス』の言葉が脳裏をよぎる。

 『中途半端に関わるのならば、一切の手出しはするな』

 そうだな、アンタのいうことは正しいのだろう。もうひとりのセフィロスなのだから。

 だが、俺はどうしても、目の前の人物のことを、ただの敵と見なして放置することはできそうにないんだ。

「そうだな。アンタがそう訊いてくるのは当然だ」

 俺はそう返事をした。

「……愚かしいと感じるかもしれないが、自分自身でもよくわからないんだ。確かにクラウドを保護している立場の俺が、こんなふうにアンタと関わろうとするのはおかしなことなのかもしれない」

「…………」

「だが……アンタをもっと知りたいという気持ちはウソではない。こんなにも他人のことに強い関心を抱いたのは初めてだ」

「フ…… クラウドが泣くぞ」

 茶化すようにセフィロスはそう言った。

「クラウドのことは大切に思っている。彼が俺を必要とする間はずっと側に居てやりたいと考えている。……だが……」

「…………『だが』?」

「クラウドよりも……いや、誰よりも、本当は他人の手を必要としているのは、アンタのほうじゃないのか?」

 俺の言葉に、セフィロスの柳眉がぴくりと反応した。

「……何……?」

「た、確かに、アンタは強くて……綺麗で……さまざまな知識も、特殊な能力も、合わせ持っている。並び立つ者など他にはいないだろう」

 ホロウバスティオンのアンセムのデータにセフィロスの事が記載されていた。

 『比類なき死の大天使』と……

「……ほほぅ、ではおまえは、並び立つ者が居らぬほどの人物に、『他人の手が必要』というのか? あからさまに矛盾しているのではないか?」

 セフィロスが一気にそう言った。さきほどまでの、どこか半分居眠りしているような、夢うつつの様子から一転して。

「……セフィロス……」

「おまえの言っていることは筋が通っておらぬ」

「いや、待ってくれ、セフィロス…… 俺は、ただ……」

「他人に頼らねば生きていけぬのは、クラウドのような人間だ! 私に依存しながら生を重ね、今度はおまえの懐で庇護を受ける……ああいった唾棄すべき惰弱な輩だ……! 痛ッ……」

 彼は激しい口調でそう言い終えた後、肩の傷を押さえた。

「セフィロス、大丈夫か……!?」

 俺は慌てて身をかがめた。セフィロスの具合を見るためだ。

「すまない、怪我のことを失念して……」

「触れるなッ!」

 差し伸ばした俺の手から、彼は身を翻した。

 そのまま寝台から降り、俺と一定の距離を保つ。

「セフィロス…… 顔色が悪い。休んでいたほうが……」

「うるさい……ッ おまえが……おまえが、性懲りもなく、私を付け回してきたのだろう! ……ふふん、そうか、そんなに『私の世界』を知りたいか……!」

「セフィロス……?」

 『私の世界』というのは……?彼が住まう場所のことを言っているのだろうか?

「そうか……知りたくば教えてやろう。そうすれば、おまえは二度と私につきまとうこともなくなるだろうからな……」

 吐き捨てるように、そういうと、彼は細くなった白い腕をまっすぐ前に差し出した。