人形の城
〜キングダム・ハーツ外伝〜
<7>
 
 スコール・レオンハート
 

 

 

 

「……セフィロス……? なんだ……どう……?」

「そのまま前に歩け」

 ひどく冷ややかに彼が言った。

 さきほどまで、『歓談』とは言えないまでも、ごく普通に会話をしていたのに。

「前に……?」

「……おまえには見えなかろうが、『私の空間』へ繋がっている」

 私の空間……?

 セフィロスの住む世界のことなのだろうか? 彼の言葉はひとつひとつが謎かけのようで、すぐに理解することができない。

「……ふ……どうした? いざとなれば躊躇するのか? これまで、さんざん関心を示してきたくせに」

 冷やかすように、彼が言った。

「もちろん、行く。だが、俺の目には何も……」

「そうか。……だが、安堵せよ。空間のねじれは既に貴様の前に現れている。それゆえ、私がこちらへやってきたのだからな」

「…………」

「おのれの言葉に偽りがないのなら、そのまままっすぐに進むがよい。望み通り、私の世界を目の当たりにできよう」

 もはや、否応も、何かを確かめるような余裕もなかった。

 軽率と言われてしまえばそのとおりかもしれないが、もう引き返すつもりはなかった。

 彼が口にする『私の世界』とは何を指すのか……?

 エスタやホロウバスティオンのような、生活の場所に繋がっているのだろうか?

 それとももっと……

 

 俺は指し示された場所に歩みを進めた。

 不思議と、『帰れなくなるのでは?』という不安は、頭に浮かんではこなかった。

 

 

 

 

 

 

『空間のよじれ』

 それは、ここ、ホロウバスティオンとコスタ・デル・ソルが繋がるような、不安定な磁場に発生するらしい。

 つまり、俺の生きているこの世界……そして、土地は、非常に、不安定な磁場であるということなのだ。ふと考えたのだが、神隠しだなどと呼ばれる現象は、もしかしたら、この『空間のよじれ』が原因なのではなかろうか?

「……うッ……!」

 何度経験しても慣れることのできない、喪失感。

 きちんと道が続いているのに、踏み出したら床が抜け落ちたみたいな感覚だ。

 目の前にあった、室内の情景が、墨を流したように、黒く塗りつぶされる。

「…………ッ」

 コスタ・デル・ソルから、戻ってきた道程よりも、長く時間がかかったような気がする。

 

 俺が放り出されたのは、人っ子ひとりいない  モノトーンの世界だった。

 

「なんだ……ここは……?」 

 思わず声が漏れる。だれも応えてくれる人などいないと、わかっているのに。

 

 まるで、白黒映画のような世界。

 起伏のある野原が続いており、枯れた木々が針のように尖っている。葉を点けていないから、そのように見えるのだ。

 遮蔽物など何もない天は、ずっと地平線まで開けているのに、そこに色はなくただ真っ白い空間だけが広がっているように見える。

 いや……白いということは、『光』があるということだ。もっとも、それは俺の知っている太陽の輝きとは大分趣を異にしていたが。

 

 気温が低いわけでもないのに、ぶるりと身震いがした。それほど寒々とした風景だったのだ。

 いつまでも蹲っていても致し方がない。

 なんとか立ち上がり、せめて建物がある場所に行こうと考えた。

 なぜかわからないが、恐怖は感じなかった。漠然とした不安感とどうしようもない寂寥感だけが、俺を取り巻いていた。