人形の城
〜キングダム・ハーツ外伝〜
<8>
 
 スコール・レオンハート
 

 

 

 

 当て所もなく歩き始める。

 建物を探そうにも、建築物の影も見えない。

 野原をなんとなく道伝いに歩くのだが、視界に入ってくるのは寂しげな枯れ木ばかりで、ため息が出てくる。

 ふと思いついて、その枝に触れてみると……なんのことはない。

 それは命ある樹木ではなく、石英のような物質でできた飾りものであった。

「…………」

 なにか言おうにも、その相手もいない。

 何気なく自分の歩いてきた方向を振り返るが、やはり寂寞とした風景が広がっているだけであった。

 はぁと吐息し、踵を返そうとした時、目の端に入ったものがある。

 もっとも距離があって、はっきりとは視覚できないのだが……

「……墓……か?」

 そうつぶやいたのは、無数にあるそれらが、すべて十字を模していたから。

 想像力貧困な俺には、十字架=墓地くらいの発想しか出来なかった

「……行ってみるか。他に何もないしな」

 だだっ広い寂寞とした世界に、どうやら墓地らしき十字架。普通の人間なら、空恐ろしくなるのがあたりまえだろう。だが、俺はどうも、『普通の人間』レベルの繊細な心は持っていなかったようだ。

 いや……自らのことなのに、「ようだ」というのは、可笑しいのかもしれないが、なんだか別の時空だのなんだというよりも、絵空事の世界に放りこまれたような気がする。それこそ童話にあるような。

 コスタ・デル・ソルのように、わさわさと人間がいれば、それなりに気を遣う必要もあろうが、ここではそんな心配もない。

 さっさと足を進め、目的の場所付近までやってくると、おのれの考えが勘違いではないのだと知れた。

 なめらかな曲線を描く岡に、無数の墓標が乱立している。

 あの十字に見えたのは、やはり十字架であったのだ。不思議なことに、これだけの数があるのに……そうつまり、ここは墓地というよりも、『霊園』と呼んでやったほうがよい規模であるのだ。

 驚くべきことに、無数の墓標はどれもこれも綺麗な状態で、たった今、主を受け入れ、建てられたかのように真新しかったのだ。

 もちろん眺め見たのは、俺の近くに建っているものだけだが、遙か彼方を見渡しても、薄汚れた様子ものは目に入らなかった。

 

 

 

 

 

 

「……なんだこれは……?」

 思わず声が漏れた。

 それは手近な墓に彫り込まれている、名を目にしたからだ。

 

『……Sephiroth……』

 

 セフィロス……?

 バカな!

 何故、彼の名前がここに……?

 俺は腰をかがめて低い位置にある墓石の文字を、改めて確認する。

『……Sephiroth……』

 難しい綴りだが、間違いなく彼の名だ。

 

「なぜ……どうして、彼の名が……」

 何度見てみても、そこには、『Sephiroth』と、ただその文字だけが記されていた。

「…………ッ!!」

 再度、文字の彫られた部分を確認するが、享年など、そういった情報については、まるきり記載がなかった。

 ふと思いついて、近くにある、まったく同じ姿形をした墓標のところへ足を運ぶ。

 

 だが……

 だが……信じられぬことに、その墓石にも、『Sephiroth』と、寸分違わぬ文字が彫り込まれている。

「何なんだ……ッ!?」

 反射的にバッと顔を上げた。

「いったいこれは……何なんだ……!!」

 目の前にずらりと並んだ墓石。白い大理石で文字の刻み込まれたそれら……

 きっと、これらすべてに……

「グッ……」

 強烈な吐き気に襲われ、俺は口元を押さえた。

「う……は……はぁ……はぁ……」

 冷や汗が背筋を伝わる嫌な感覚。もはやひとつずつ、名を確かめて歩く気もしない。

 それより、先に進まなければ……

 

 綺麗に整備された墓地ではなく、野原のところどころ、飛び飛びに墓標が散っている。

 それでも、なんとなく、道を示すように、道なりに添って建っているのだ。

 口腔に滲みだしてきた苦い唾液を、路上にペッと吐き出し、俺は気を取り直して歩き始めた。

 なるべく、点在する墓標が視界に入らないよう、眉をギュッと寄せつつ。

 

 徐々に足取りは早くなり、走り出しこそはしないが、さっさと前進してゆく。

 

 俺の心は早く決着を付けたいという焦りと、これ以上深入りすれば、さらに見たくもないようなモノを見てしまうのではないかという恐怖に苛まれていた。

 

 そう……紛れもなく、『恐怖』であった。ようやくこのおかしな世界への畏怖の念が沸き出してきたのだ。

 

 ……俺は怯えていた。