人形の城
〜キングダム・ハーツ外伝〜
<10>
 
 スコール・レオンハート
 

 

 

「…………ッ!」

 人の視線を感じて、背からガンブレードを引き抜いた。

 なんのことはない、俺が人の目線と感じたのは、ただの人形だったのだ。

「……人形……? うッ……」

 カーテンの引かれた、ほこりっぽい部屋。

 ただでさえ、鬱蒼とした森にあるせいで、採光のとりにくい状態なのに、こんなふうに、みっちりとカーテンを閉め切っているなんて。

 薄暗がりの中、人の視線だと感じたものは、室内に所狭しと置き去りにされた人形たちだったのだ。

 チェスト……ティーテーブル、そしてベッド…… 物が置ける、ありとあらゆる場所に、人形がひしめいていた。

 それらはどれもこれも、非常に精巧で……

 そう、もうちょっと俺にこうした物の知識があれば、アンティックドールだの、ビスクドールだのといった単語が出てきたのかもしれないが、この時点では『人間みたいな人形』というレベルの形容しかできなかった。

「…………」

 なんとなく側近くにあった、片手で持ち上げられるもの……そう、数多くの人形の中でも比較的小振りなものを手に取る。

 俺は男だから、幼少期に人形に囲まれるといった経験はない。

 もちろん、街中や知人宅などで、こういった風体の人形を見たことはあったが、ここまで精巧であったろうか。

 俺の手にした人形は、亜麻色の髪の乙女であった。

 瞳は、淡いグリーンで…… そのつくりは、まるで生きているかのようだ。

 瞳孔も本当に光源よって、細くなったり見開かれたり……動いてもおかしくないように感じられた。

「…………」

 一瞬、恐怖に似た感情に囚われ、俺は人形を元の位置に戻した。

 そっと、丁寧にだ。どうにも人を真似たこの物体には、たましいが宿っていてもおかしくないような気がして……

 

 

 

 

 

 

 気を取り直して人形部屋を出る。

 ずっとここに居ては、よけいに具合が悪くなりそうだったから。

 『私の世界』

 この誰一人いない、存在を主張するのは、人形ばかりという、不可思議な空間が、セフィロスの世界だというのだろうか?それとも何かの謎かけなのか。

 俺は、彼の住む次元というのも、なんらかの形で人の営みがあると考えていたのだ。

 セフィロスだとて、霞を食って生きているわけではない……よな?

 だったら、食事をする場所があるはずだし、他にも手洗いや、入浴……そういった、日常生活がないはずはない。

 それにも関わらず、この空間は、あまりにも静かすぎた。

 生きた人間の存在しない場所のように感じられたのだ。

 

  コツコツ……

 自分の歩く音が、まるで全世界に響き渡るかのようだ。

 コの字型の建物の、右側の部分、方角で言えば、おそらく南東部に当たる場所に、他の部屋とは異なる雰囲気の室があった。

 もっとも、それは扉の造形が他のものと、多少異なっているという程度のことであった。

 律儀にノックをしてみたが、当然いらえはない。

 もはや不在の部屋に、足を踏み入れる違和感も感じなくなりつつあった。なんせ、この世界に来てからは、まだ一度も生きた人間と出会っていないのだから。

 

「……ここは……」

 壁紙やカーテンなど、部屋の装飾は他室と大差ない。

 だが、この部屋は、高級ホテルの一室ほどの広さがあった。つまり先ほどの人形がひしめく部屋の、倍以上の広さはゆうにあるということである。

 北欧風の重厚な絨毯の上をそっと歩く。ああ、考えてみれば、さっきの部屋に絨毯は敷かれていなかったな。

 そして、窓に寄せた場所に天蓋付きのベッド……

 シルクとオーガンジーの美しいディティールのそれは、俺の無骨な手で触られるのを拒否しているようにも見えた。