人形の城
〜キングダム・ハーツ外伝〜
<11>
 
 スコール・レオンハート
 

 

 

 俺は意を決してベッドに近づいた。 

 人の気配はなかったが、天蓋からの布きれで閉じられたその場所が気になったからだ。

 淡いオーガンジーの外布に手を伸ばし、中のシルクを手繰った。

 

 その場所には、銀の髪を広げた白い天使が横たわっていた。

 いつぞやに見た記憶のある、くるぶしまで隠せそうな貫筒衣を身に纏った姿……そう、セフィロスがそこにいたのだ。

 

「……セフィロス」

 俺は口から小さなつぶやきが漏れた。それは呼びかけたにしてはあまりにも小さすぎる声だったと思う。

 白い白い彼の顔。先ほどまで眺めていたドールと変らないような……いや、むしろそれ以上に白く冷たく整った顔がそこにある。

「セフィロス……」

 俺は彼に手を伸ばした。

 彼の頬にそっと触れたが、温かみを感じない。呼吸もしていない。

「おい……セフィロス、セフィロス!」

 夢中で彼の名を呼ぶ。

 夢見るような表情でそこに眠る彼は、人としてのぬくもりを有してはいなかった。

「う……ッ」

 瞬間、強烈な吐き気を感じて、俺はその場所にうずくまった。無数に存在する彼の墓を眺めたときよりも、激しい嘔吐感に苛まれる。

 

 ……なんなのだ、この世界は!?

 これが彼の棲まう世界なのか?なにひとつとして生けるもののないこの場所……

 

 無意識のうち、俺は片手で自身の身体を抱きしめていた。もう一方の手はこれ以上頽れないよう、しっかりと床に着いてだ。

 ……身体が震えている。

 俺は、SEEDの戦士として、これまでどれほど凄惨な場面を見てきただろうか。しかし、そのうちのどれであっても、今のような無様な姿をさらしたことはない。

 

 小刻みに身体が震える。絶え間なく襲ってくる吐き気。冷たい汗がこめかみから、つっと伝わってくる。

 

 

 

 

 

 

「はぁ……はぁッ……」

 足に力を込めてなんとか立ち上がる。

 セフィロスの見せたかった世界が、ここだというのか?

 なにひとつ……自身でさえ、生ける者ではない『ここ』なのか。彼はいつも『ここ』にいるのか?たったひとりで、この死せる世界に。

 

「セフィロス……!セフィロス!俺の声が聞こえているか!」

 くだけそうになる膝を叱咤して、俺は彼の名を呼んだ。

「セフィロス、もういい!戻してくれ!聞こえているのだろう、もう十分だ……!」

 次の瞬間、俺の身体は何か強い力に引っ張られるように、空を飛んだ。

 

 

「……はっ……はぁっはぁっ!」

 冷や汗を流してうずくまる俺の前に、白い足が見えた。

 ここはアンセムの城……さきほどまで、セフィロスと話をしていた寝室であった。

 顔を上げると、彼と目線が合った。そこには侮蔑の色と、ほんの少しの憐憫が見て取れた。

「……貴様が見たがった、私の棲まう世界だ」

 ぼそりとセフィロスがつぶやいた。

「セフィロス……!」

 俺はすぐに立ち上がった。軽いめまいに襲われるがそんなことを言ってはいられない。

「ダメだ……セフィロス!」

「…………」

「あんなところにひとりで居てはいけない!」

「……よけいな世話だ」

 人ごとのように彼は言う。

「……あそこに帰るな。ここに居るんだ、セフィロス。せめてこの城に留まってくれ」

「ふん、いつぞや『この城は関係者以外は立ち入り禁止』だと言われたものだがな」

「あのときとは事情が違うだろう!」

 思わず彼の胸ぐらを引き寄せ、俺はそう叫んだ。

「……セフィロス、頼む、あそこには帰るな。あんな場所に居ちゃいけない。俺の言うことを聞いてくれ」

 彼は胸ぐらを掴む手を振りほどくと、ひどく冷たい目で俺を睨め付けた。

「……貴様に何の関係がある?私はおまえが私の棲む世界を知りたいと抜かすから、わざわざ好意で迎えてやったまで。これ以上、なんら指図を受けるつもりはない」

「アンタだって好きこのんであんな場所にいるわけじゃないだろう!」

「だったら何だ?なぜ、おまえはそれほどまでに私に構う?」

「それは……」

 俺の声が情けなく震えて途切れた。自分でもわからない。この感情はなんなのだ。クラウドへのそれとはまったく異なる、自身でさえ容易に制御できない強烈な感情は……

「……自分でもよくわからない。だがアンタのことばかりを考えてしまう。アンタがあんな世界にひとりきりでいるなんて……胸が引き裂かれるように苦しい」

「それは貴様が勝手にそう思いこんでいるだけのことで……」

「セフィロス……!」

 俺は彼の腕を取った。そのままぐいと引っ張り、傾いできた長身を抱きしめた。意識してやったことではない。身体が勝手に動いてしまったのだ。

「な……ッ」

 彼の途惑う声が、さっきよりもずっと側近くで聞こえた。