人形の城
〜キングダム・ハーツ外伝〜
<12>
 
 スコール・レオンハート
 

 

 

 

 薄い生地の貫筒衣から伝わってくる彼の体熱に、深い安堵を感じる。

 あの世界でのセフィロスは、人形のように冷たく横たわっていたからだ。

 細身だが綺麗に筋肉のついている様子が、布越しに腕に伝わってきた。

 

 しかし、彼の身体の感触を、確かめていられる時間は少なかった。

 セフィロスは、俺の胸に両手を突っ張ると、ものすごい勢いで自身の身を引き離したのだ。

「……セフィロス!」

「どういうつもりだ……気色の悪い」

 つぶやきが震えている。片手で貫筒衣の胸の辺りを握りしめ、刺すような視線が俺を貫いていた。

「す、すまない。つい……」

「…………」

「つい……身体が勝手に……」

「無意識に私に触れたというのか。貴様は正気なのか?たった今、私の世界を見てきたばかりだというのに……」

「……だから!」

 俺は語気を強めて続けた。

「だから!アンタをあの世界に戻したくないんだ!あそこはよくない場所だ!」

「…………」

「セフィロス、頼む。どうかこちらの世界に……ホロウバスティオンに留まってくれ。俺の側に……目の届く場所にいてくれ……!」

 ほとんど懇願するように、俺は彼に告げた。

「何度も言ったはずだ。貴様には関係のないことだと」

 冷ややかにセフィロスが言う。

「関係は……ある!俺は……俺は……」

 次の瞬間、自身の口から飛び出た言葉は、自らも驚いてしまう言葉だった。

「俺にとってアンタは特別な人なんだ……好きだ、セフィロス」

「なに……」

 セフィロスが怪訝そうに聞き返す。

「……こんな思いは生まれて初めてだ。アンタに触れてその体温を感じたいと思う。アンタの存在そのものを俺の手で……」

「……貴様は何を……言っているのだ」

 セフィロスが緩慢に頭を振る。

「自分でもよくわからない感情だ。だが、アンタのことが気になって仕方がない。どうしても放っておけないんだ」

「バカな……」

 そうつぶやいたセフィロスの顔を見つめる。きっとバカにされるだろうと覚悟を決めるが、彼は俺の言葉を耳に入れぬために、頭を振っているように見えた。

「……自分が何を言っているかわかっているのか、ホロウバスティオンの英雄」

「レオンだ。……わかっている、なにをいきなり、めちゃなくちゃことを言っているのだとアンタは思うんだろう。だが、これは俺の本心だ。この城でアンタの怪我を手当したころからだ……ずっと気になって……いつのまにかアンタに会いたくてたまらなくなった」

 セフィロスの怪我とは、ソラを相手に闘った後、深手を負ってこの城で休んでいたのだ。脇腹の怪我は想像以上に深く、俺は血止めの手当をしてやった。

 

 

 

 

 

 

「今日の貴様はどうかしている。あの世界へ行った後遺症のようなものだろう」

 セフィロスは決めつけるようにそう言った。もちろん、俺は即座にそれを否定する。

「違う。あの世界を見たからこそ、よけいにアンタのことを知りたくなった。セフィロス、俺はアンタのことを好きになっていたんだ……」

「止せ」

「もう、自身の気持ちを偽れない。俺はアンタのことが……」

「止せ、やめろ……!」

 彼の腕を捉えようと、手を伸ばした場所から、後ずさりされる。俺の手はむなしく空をかいた。

「セフィロス……!俺は……」

「やめろと言っているのだ……!そんなことがあるはずないのだ。貴様は勝手に思い違いをしているだけだ」

 奇妙な動物を眺めるような格好で、セフィロスはさらに否定した。

「おまえが私を想っているなど、ありえぬことだ」

「何故否定するんだ。俺の気持ちなどアンタにはわからないだろう!」

 俺は叩き付けるようにそう叫んだ。

「黙れ……!この部屋から出て行け!」

 セフィロスがさらに俺とは距離を取り、扉を指さしてそう言った。

「セフィロス……!」

「出て行け!さもなくば、私が消える」

「セフィロス、待ってくれ!」

 腕を伸ばしたその瞬間、彼の姿は霧散した。

「セフィロス……!」

 叫んでもすでに彼の気配は、この部屋に無くなっていたのだ。