〜パパ来襲〜
 
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 スコール・レオンハート<レオン>
 

 

 

 

 

 起床時刻午前7:30。

 自分としては遅くも早くもない時間だと思っている。

 まずはシャワーで目を覚まし、おざなりにしていた家事を片づけてゆく。忙しさに取り紛れ、ここのところ充分に手を掛けているとは言えないのだ。

 

 ソラとリクは、突発的な事件で、早々にここホロウバスティオンを発ってしまったが、リクが残してくれたレポート……そして新たに発見されたアンセムの資料解析で、てんやわんやの忙しさだ。

 週に一度程度だったミーティングが、ここのところ三日に一度は行われている状況だし、特にそういった形を取らなくても、解析のために足繁くマーリンの家や、アンセムの研究室に通う回数が増えていた。

 もっとも城の研究室は、CP関連が中心だから、頻繁に通うのは俺とシドくらいではあったが。

 

 昨晩、衣類、日用品の洗濯だけは終え、乾燥機に放り込んだまま放置していた。今朝はそれらをとりまとめ、手際よく畳んでゆく。本当は各部屋に掃除機を掛けたいところなのだが、クラウドは熟睡しているだろうからそれはあきらめざるを得ない。

 代わりにモップとから拭きで床を磨き、カーペットの敷かれた居間は、クリーナー(シール状のバーがついたコロコロと転がしてゴミを取る優れものだ)で清掃した。

 もちろん、洗濯、清掃の間も無駄にはできない。今日はライスにするつもりだから、炊飯器のセットを忘れるわけにはいかないのだ。

 あらかたの洗濯物を片付け、部屋の掃除を終え、野菜を洗い終えたころ、炊飯器のスイッチが「保温」に変わった。すぐに食べるより、しばらく蒸らしておいた方が美味しい米になる。

 

 クラウドは苦みのある野菜が苦手だ。

 というか、そもそも青物全般を食べる習慣がなかったようだ。食欲は旺盛で、肉でも魚でも出された物は全部食べるが、外食したときの彼のオーダーは非常に栄養バランスが悪い。

 炭水化物に肉類ばかりで、ビタミンCやカロチン、食物繊維の接種など、これっぽっちも気を配っていないようだ。

 だから、家に居るときは、なるべく野菜の多く含まれたメニューを並べることに決めている。好き嫌いが多いクラウドだが、形状をわからなくしてしまえばけっこう何でも食べてくれる。

 

 先週はほうれん草とニンジンのハンバーグを作ったが、まったく気づかず、ガツガツと食っていた。濃いめのデミグラスソースに気を取られ、いつもの挽肉のハンバーグだと思いこんでいたらしい。

 今朝はあっさり風味のドライカレーにする。ニンジン、ピーマン、トマト、タマネギ、チコリ……どれもこれも彼の苦手な野菜ばかりだが、挽肉を少量混ぜ、ケチャップとカレー粉で味付けすると、ちゃんと食べるのだ。

 余談だが、最近では、いかに工夫して彼に気づかれないよう、苦手な野菜を摂取させるか……という課題は、ほとんど俺にとってゲームのような感覚になっており、楽しくもあるのだ。

 モルドバ産の小麦粉を軽くフライパンで熱し、解いたカレー粉と混ぜ、味わいを深くする。刻んだ野菜、ものによってはミキサーで粉々に砕いたそれらを混ぜ合わせ、フライパンで炒めつつ熱してゆく。

 炊きあがったライスは、後でバターライスにするつもりなのだ。

 

 

 

 

「おはよ〜…… レオン……あー、いい匂い」

 半眼のクラウドがフラフラと起き出してきた。

 時刻は午前9:15。彼にしては早いほうだ。

「ああ、起きたか。……ほら、シャワーを浴びて目を覚ましてこい」

「もう、なんだよ、いきなり〜。小姑みたい、レオン。ねぇ、オレに『おはよー』は?」

「ああ、おはよう、クラウド」

 味を見ながら調味料を加えつつ、そう応える。

 きっと、その態度が不満だったのだろう。クラウドはむっつりと頬を膨らませて、ズンズンと近寄り、フライパンを握った俺の目の前にぐいと顔を突き出した。

「お、おい、こら……危ないだろう」

「おはようのチュウは?」

 重々しい声でそう言う。もちろんとてつもなく偉そうにだ。

「……おまえな、子どもじゃないんだから……」

「そうだよ、オレ大人だもん。だから大人のチュウね」

 埒があかないので、促されるがままに唇を重ねる。

 チュッと軽い音がして、クラウドが触れただけの口唇に吸い付いた。

 ……本当に、猫や犬がするように吸い付くのだ。

 

 ……まるで新婚家庭の織りなすような、こんな風景は、映画だの小説だのの創作世界でしか、あり得ないものだと思っていた。しかも計らずして自らが主演男優になっているとは……

 だが、今現在こうして体感しているとなると(もっとも俺は全くそのつもりはないのだが)、いっそ自身のほうが作り事の世界の中に放り込まれたような気にさえなる。それほど、こういった事柄には縁のない生活を送ってきたのだ。

 

「レオン、今朝、フルーツと挽肉のドライカレーでしょ? 美味しい!」

 俺の唇の味からメニューを読みとったのだろう。クラウドはにこにこ笑ってそう言った。

 こうして邪気のない笑みを浮かべた彼は、年齢不相応なほどに可愛らしく見える。

「……すぐにできるから早くシャワーを済ませてこい」

「うん!」

 素直に頷くと、ピュンと音がしそうな早さで、バスルームに姿を消した。

 ……よかった。パイナップルの果汁を絞っておいたのだ。酸味のある果肉が、野菜の臭みを消してくれたらしい。

 

 彼が風呂から上がってくるころに、朝食の仕度が整う。

 今朝は挽肉と緑黄色野菜のドライカレー、マダイのカルパッチョ、ヨーグルトサラダだ。飲み物はクラウドがイチゴミルク、俺は暖かいウーロン茶を好んでいる。

 

「いただきます!」

 彼はきちんと手を合わせて、食卓につく。そしてガツガツと小気味がいいほど、よく食べてくれる。それを横目に新聞を読みながら、ゆっくりと茶を啜る俺……行儀がいいとはいえないが、すでに習慣になってしまっているのだ。

 

 ここ最近……俺たちの朝は、こんな風にして始まっている。

 そして今日も、何も変わらない、昨日の延長……のはずだったのだが。