〜パパ来襲〜
 
<2>
 
 スコール・レオンハート<レオン>
 

 

 

 

 

 

 朝食を終え、食器を片づけているときであった。

「あれ、レオン、なんか来てるよ? ……ほら、アンタ宛て」

 テーブルの上に投げ出して置いた新聞の隙間に、クラウドがなにやら見つけだしたようだ。

「……手紙?」

 俺は濡れた手を、タオルで拭きながら、それを受け取った。

 

 ……白い長封筒。

 それもちゃちな紙ではなく、指の切れそうな光沢紙で作られている。糊付けされる部分に、プレスで文様が浮き出しており、封はわざわざ飾り蝋を垂らしてあるのだ。

 

「……なんか綺麗な手紙だね」

 マジマジとそれを見つめてクラウドがつぶやいた。

「……そうだな」

「誰? 女の人?」

「心当たりがない。名前も……書いていないし」

「……ラブレターじゃないの?」

「バカを言うな」

「バカじゃないもん」

「……悪かった」

 そんなくだらぬやり取りをしつつ、俺は遠慮なくそいつを開封した。

 さすがにプライバシーの侵害と考えたのか、クラウドは向かいのソファに席を移ったが、妙にソワソワと落ち着かない。

                                    

 ……だが、次の瞬間、ソワソワと落ち着かなくなるのは、俺のほうであった。

 目の前に霞がかかり、頭がクラクラしてくる。そして激しい動悸……呼吸困難だ。

 

「……あのさ、別に気になるってわけじゃないんだけどォ? だ、誰からだったの、レオン?」

「…………」

「レオン?」

「え……あ……いや、何でもない」

 俺は早口でそう応え、忌まわしいそれをズボンのポケットにつっこんだ。封筒が固くて、折り曲げるのも難儀なソイツにイライラする。

「……隠した! やっぱ、ただの手紙じゃないんだ……」

 じっとりとつぶやくクラウドに注意を払ってやる余裕もなく、俺はジャケットを取った。

                                  

「……ちょっと出掛けてくる。鍵は持っていくから、おまえも外出するなら、鍵を掛けて出てくれ」

「レオンッ! どこ行くの?」

「たいした用事じゃない」

 答えたくなくて、適当に取り繕う。

「オ、オレも一緒に行きたい! やましいことがないんなら連れてってよ!」

「ダメだ」

 言下に却下した。いわゆる世間一般的な疚しさはないが、クラウドには知られたくない事柄なのだ。

「レオン? なんでよ! やっぱ……」

「違う、そういうことじゃない」

「だったらいいじゃん!」

「ひとりで行って来る」

 彼の相手をしてやる心の余裕もなかった。

 

 俺はサイドボードからバイクのキーを取り出すと、クラウドを放りだしたまま飛び出した。彼が眉を寄せて今にも泣き出しそうになっているのに、注意すら払わずに。

    

    

  

 

 砂利道から舗装道路に入り、ひたすら南下する。

 俺の借家は、ホロウバスティオンの中心地からやや西よりの北はずれだ。喧噪から離れ、それでも中心地までそれほど時間の掛からないその場所を、とても気に入っている。

 だが、今向かっているのは、東南に位置する地区……いわゆる行政機関が一同に集まるオフィス街のような場所だ。

 

 ホロウバスティオンという小さな街には似つかわしくない、近代的かつ壮麗な建物が並ぶ。官公庁……そしてその中心には官邸がある。

 政治行政は、ここで指揮が執られていたが、ハートレスの一件以来、ほとんどまともに機能していないのだ。警察機構のみが一部に委託され、形式的には俺の属する組織も、警察・防衛機構の一端ということになるのだろう。

 ホロウバスティオンの経済復興、および行政改革は、他国の力を借りつつ、地道に進行しているというのが実状だ。

 さきほどの手紙はその協力国の首脳……大統領からのものであった。

 

  

 豪華な建物の中でもひときわ巨大な作りの官邸。

 俺はこういった、威圧的で実用性より見栄えを重視したものは好みではないのだが、一刻の政治中枢として致し方ない部分もあるのだろう。

 ホロウバスティオンの政治機構が麻痺しているとはいうものの、この場所にはそれなりの警備が敷かれており、要人の来所においては護衛官がつく。

 

 そのままバイクを表門に乗り付け、警護の人間に声をかける。

 街の警備をしている連中とは異なり、こちらに詰めている人間とは顔見知りとはいかない。再建委員の許可証を提示し、通行の許可を要求する。

 だが、身分証明を見せても、門番は困惑した表情で説明を求めてきた。

 まぁ、さもあろうといったところだ。俺の目的は大統領への面会だ。

 それも再建の資金援助を受けている、協力国の大統領……この国にとっては、まさに恩人とも言える要人なのだから。

 

「……再建委員の指揮官殿ならば、本来ならすぐにもお通しできるのですが……」

「すまないが急いでいるんだ。何なら武器は預けてゆく。通行の許可を願いたい」

 もっと簡単に通してもらえる方法はあるのだが、それを口にしたくはなかった。

「で、ですが、レオン殿……」

「君たちに迷惑はかけない。約束する」

 そう繰り返すと門衛をしていたふたりの青年は、すぐさま中にとって返した。少しばかり待たされたが、年配の長官を伴い、控え室に戻ってくる。彼らの上司に当たるのだろう。

 到底護衛長には見えない好々爺が、歯抜けた口でフガフガと言った。

「あ〜……お待たせしましたの……確認がすみましたので……どうぞ、お通り下さいなぁ。ほれ、おまえたち、ご案内せいよ」

 どうやら大統領に直接コンタクトを取ってくれたらしい。

 俺は拍子抜けするほどあっさりと、ヤツの待つVIPルームへ案内された。