〜パパ来襲〜
 
<3>
 
 スコール・レオンハート<レオン>
 

 

 

 

 

 

 

 ……あの男に会うのは久方ぶりだ。

 前に会ったのは……そう、もう三年以上も前のことになるか。

 この場所がまだ「ホロウバスティオン」などと呼ばれておらず、安寧な時を過ごしていたあの頃……経済状況、政情は未成熟であったとしても、外敵の侵攻はなかった。

 

 案内してくれた青年たちを返し、俺は重厚な扉をノックした。返事がある前に遠慮無く開けてしまう。

 そこには、『あの男』が突っ立っていた。

 ころころと表情の変化する、道化のような男が。

 

「いよォォォ! スコールじゃん! ひさしぶり〜!」

「……ああ」

「おおぅッ! また格好良くなったねーッ! さっすが、パパの息子ーッ!」

 そう叫ぶと、ラグナは弾丸のようにすっ飛んできて、何の照れもなく抱きついてくる。 それを片腕片足で防ぎつつ、俺は口を開いた。

「おちゃらけるな、クソ親父」

 冷ややかな口調でそう言ってやる。

 

「やぁ、久しぶりだね、スコール……いや、ここではレオン君だったな」

「……アンタが一緒に居てくれて、多少話が通じそうだ、キロス。どうせこの男のワガママに付き合わざるを得なかったのだろう。毎度迷惑をかける」

「いやいや、もう慣れたから」

 褐色の肌を長衣に包み、大統領補佐官のキロスがそう答えた。補佐官とは言っても、大統領のラグナとは古い友人で、今でもそのように付き合ってくれている。

 

 さすがにここまできたら、話さねばなるまい。

 そう、俺のフルネームは、スコール・レオンハート。そして、目の前にいる、この男……眦のだらしなく垂れ下がった、陽気で騒々しいエスタの大統領は、俺の実の父親だ。

 姓も異なるし、共に過ごした時間は、普通の親子の数百分の一にも満たないだろう。

 だが、まぎれもなくラグナ・レウァールは俺の父親であり、ホロウバスティオン再建の協力国・エスタの大統領なのだ。

 当然、現在に至る経緯には諸事情あるわけだが、その説明は割愛する。聞かれたくないわけではなく、わざわざ記す必要がないと思われるからだ。

 正直、この軽佻浮薄で気骨のない優男が、血を分けた父親だとは信じがたいが、それは紛れもない事実なのであった。

 

「スコール、パパに親愛のチュウは?」

「多忙なアンタが、わざわざここまで足を運ぶんだ。俺に用があったんだろう」

「スコール、パパに親愛のチュウは?」

 同じ言葉をそっくり繰り返すクソ親父であった。

 キロスがクスクス笑いながら、コーヒーを淹れてくれる。

 

「気色の悪いことを言うな! なにが親愛の……だ!」

 『チュウ』という言葉を口にすることすらおぞましい。今朝、クラウドがすり寄ってきたときには全然そんな風に思わなかったのに。

「もう、久々に会えたっていうのに〜」

「ほらほら、ラグナくん。座って話したまえ」

 キロスに促され、ヤツはようやくソファに腰を下ろした。身体の沈むような贅沢なソファは、至って座り心地が悪い。

「キロス、俺、ミルクと砂糖な、あ、ダイエットシュガーにして」

「はいはい。スコールくんはブラックでいいんだっけ?」

「……ああ。気を使わないでくれ」

 俺はやや丁寧な口調でそう応じた。

 そつなくこまやかな気遣いを見せるキロス。このはた迷惑な親父の面倒を見てくれている人物だ。ぶっちゃけ、参謀長官とも言える彼が居るからこそ、エスタの政情は安定しているのではないかと思う。

 ラグナは落ち着きのない軽率な輩だし、「忍耐」という単語から、もっとも離れた位置にいるのがヤツなのだ。一応、『大統領』という立場に就任しているところから、それなりの人望はあるのだろうが、息子の俺としてはこんなヤツが為政者というのは、到底納得しかねる事実であった。

 

「でも、ホント、しばらくぶりだよなァ、三年……くらい経ってるか?」

「ああ、そうだな」

 仏頂面をにやにや笑いで見つめられつつ、俺は無愛想にコーヒーを啜った。

「これまでだって、何度かレディエント・ガーデンには足を運んでいるんだぞ? 会いに来てくれたっていいのに!」

「その名を耳にするのは久方ぶりだ」

 そう応えた。

 ヤツはホロウバスティオンの昔の名……いや、本来ならば、そう呼ばれるべき名を口にしたのであった。

「この前、立ち寄ったのは半年……いや、一年前になるか。あのころに比べると大分復興してきたようだな」

「……まだまだだ。ハートレスにノーバディ……解明されていない謎がたくさんある」

「ふぅん。難儀だねェ」

「……アンタのところからの経済支援にはかなり助けられている。とっくにこの国の上層部から聞いているだろうがな」

 率直に言う。事実は事実だ。

 

「んふふ〜」

「……気色悪い笑い方をするな」

「今回はお忍びだからさ。俺がここにいるのはナイショなワケ」

「……またか。周囲に迷惑を掛けるのはほどほどにしておけ」

「いいじゃん。観光を兼ねた視察ってことで」

「…………」

「スコール、頑張ってるみたいだな。この国のどこへ行っても再建に携わっている連中は、みんなおまえのことを口にするよ」

「……できることをしているだけだ」

「またまた〜ッ! もう、ホント超ストイック〜! カッコイー!」

「おちゃらけるな。それより、何の用件だ。さっさと言ってくれ」

「あ、そうそう、そっちから先にここへ来たってことは手紙読んでくれたんだ〜。な、な、キロス! やっぱ手紙作戦はよかったろ! 何度会いたいって呼びつけても無視してた可愛い息子が、自分から会いに来てくれたんだぞ!」

「そうだねぇ、さすがラグナくん」

「ですよねーッ!」

 ……俺はガンブレードを預けてきたのを痛切に後悔した。

 

「……あ、ちょっ……怒ってる?怒ってる? ごめんね、忙しいのに」

「……用件を言え」

 ゾンビのうめき声のような口調でそう繰り返した。

「決まってるじゃん。スコールに会いに来たんだよ」

「アンタなぁ!」

「怒るところじゃないでしょ? ひとり息子が手元飛び出して、自活してるっつーんなら、一度くらい、家訪ねてもいいでしょ? おとーさんなんだから」

「よけいなお世話だ。俺はひとりできちんとやれている」

「そんなこと知ってるよ。ただ暮らしぶりをみたいだけ」

「何故だ」

「可愛い息子だもん」

「殴られたいのか、クソ親父!」

「まぁまぁまぁ、スコールくん」

 キロスが割って入る。他人の生き方に難癖つけるつもりはないが、よくよくこの有能な男が、おちゃらけ親父についていると感じるのだった。