〜パパ来襲〜
 
<4>
 
 スコール・レオンハート<レオン>
 

 

 

 

 

 

 

 

「ラグナくんが君を心配しているのは本当のことなんだよ。それに父親がひとり息子の生活の場を見たいと思うのは、それほど不思議なことではないだろう?」

 軽く手振りを加え、静かな物言いでキロスが言った。

「ですよねーッ!」

「ラグナくんは黙っていてくれたまえ」

 くだらない茶々を入れる親父を押さえ、キロスはソツのない微笑を浮かべた。

「……確かに今回はお忍びでの来訪だが、来期の予算でホロウバスティオンへの経済援助枠を広げようと考えている。セキュリティの充実を図るにも金は必要だろう」

「……それは……そうだが」

「もちろん、それとラグナくんの目的は関係がない。だが、君がラグナくんの相手をしてくれている間に、私は少し街を視察させてもらいたいと思っているんだ。私事だが、コンピューターにはそこそこくわしいつもりだし、この街に必要なセキュリティシステムを検討させて欲しいとも考えている」

「…………」

「いろいろ歩き回りたいし、調べ物もしなければならない。そのためにはラグナくんが一緒だと動きが取りにくいんだ」

「それはそうだろうな」

「そうとも、なんといっても彼はエスタの大統領だからね」

 言葉を選ぶのが上手いキロス。

 あのアホ親父を連れて動き回るなんざ、子ども連れと変わらない。いや、それよりタチが悪いかもしれない。

 

「…………………………わかった」

 一呼吸どころか、二呼吸以上間をおいて、そう答えた。

「数日ならどこかに部屋をとって、そいつを監視していてやる」

「ちょっ……なにソレ〜! そういうんじゃなくて、スコールのおうちに連れてって★」

「ダメだ」

「どうしてだよ、いいじゃん、パパなんだから」

「ダメだ」

 俺は繰り返した。

 ……家にはクラウドが居る。

 ようやく俺との生活に慣れてくれたとはいえ、もともと人慣れしていない男だ。

 あの家に連れてきた当時は、ひどく不安定で眠れない夜が続いていたが、最近は大分状態がいい。

 不可思議な入れ替わり騒動の後、以前よりも側にくっついてくることが増えたが、精神的には安定しているようだ。現在の良好な状況を崩したくはない。

 

「ほら、だから言ったろ、キロス。あのとき、その足でスコールん家へ行っちゃえばよかったんだよ。わざわざ街の人に声を掛けたのに」

「そのままナンパし始めたのはどこのどいつだね、ラグナくん。たまには自分の身分を顧みてくれたまえ」

 手際よくコーヒーのお代わりを注ぎ、やれやれといった調子でキロスはため息と共につぶやいた。

「すまない……迷惑を掛ける」

「いやいや、君のせいではないよ、スコールくん。だが、見たこともないような浮世離れした麗人でね。あまりしつこくするのも失敬かと思って連れ戻したんだよ」

「そうそう、背ェ高くてすごく綺麗だったなァ。町外れで会った人なんだけどさ。おまえのこと訊いてみたの。『ここに傷のある俺によく似た美青年知りませんか?』って」

 恥ずかしげもなく、言ってのけるラグナであった。

 

「アンタはアホかァァァ!?」

「そしたらさァ、その人、一言も口聞かずに、まっすぐ北の外れのほう指さすの。長ッい銀髪がサァァ〜って風に舞ってさ〜。ホント、美形……いや、ああいうのは美人っつーんだろーな」

「ブッフォォォォ!」

 俺は思わずコーヒーを吹いていた。

 銀の長い髪……長身……

 セフィロスか……? いや、セフィロス以外に該当人物はいないだろう。

「おい、ちょっ……何してんだよ、スコール!お行儀悪いな〜!」

「げほげほげほ!」

「大丈夫かい、スコールくん。ほら、水を……」

 キロスから受け取ったグラスを一気に空け、俺はラグナに向き直った。

 

「セ、セフィロス……?」

「へぇ、『セフィロス』っつーんだ、彼。おまえ、あの美人と知り合いなの? さすが俺さまの息子!!コノコノ〜!」

「おちゃらけるな、クソ親父!」

「あんな綺麗なのと、どこでお友達になったんだよ〜? っつーか、ホントただの友だち〜? 紹介してくれよ、スコールくんよ〜」

 ボギャブラリーの貧相なラグナは、『綺麗な』を繰り返してホゥ〜っとばかりに吐息した。まったくコイツが俺の親父だとは……信じたくもない。

「おい、その男……なにか言っていなかったか?」

「だから口聞いてくれなかったんだってば」

 ぶぅとばかりに頬を膨らませて、不平そうにラグナは言った。

「そう、頑張ったのにねぇ、ラグナくん。『ねぇ、君、名前は? あ、俺、ラグナ。よかったらメルアド教えてくんない? どこ住んでるの?』ってねぇ?」

 ……俺はもはや自害したい心境だった。

 セフィロスは、このアホ男と俺のつながりをどう解釈したのだろう。

 ほとんど会話が成立していなかったことを考えれば、まさか親子とはバレなかったと思うが。

 

 ……だが、よかった。

 以前、あのような形で目の前から消えたセフィロスだったが、とりあえずは元気で(?)で居てくれたようだ。

 あの一件の後、時間があれば城に立ち寄り、闇の淵を見回り、彼が立ち寄りそうな場所をしらみつぶしに当たってみたのだ。ああ、もちろんクラウドには気づかれないように。

 だが、結果ははかばかしくなく、手がかりひとつ見つけ出すことはできなかった。

 ずっと気になっていたのだが……無事ならばそれでいい。また会話をする機会だって作れるだろう。

 

「まぁ、そんなわけ。だから彼の指さした方へ行ってみようかと思ったんだけどさ。キロスに止められて」

「あたりまえだろうが、ラグナくん」

「そんで、手紙出したんだよ、You see?」

「…………」

 『You see?』じゃないだろう。

「……ったくアンタはどこまでまわりの連中に迷惑を掛けたら……」

 俺がそこまで言ったときであった。

 

 ウ〜 フォンフォンフォンフォン……!

 

「あれ、何、非常ベルじゃね?」

 緊張感のない口調でラグナが言った。

「侵入者らしいな。まさかこの街に巣くっている化け物がこんなところにまで…… ああ、いや、失敬」

「……まさか、このあたりにはハートレスもノーバディも……」

 そう、この行政区間だけは、最優先で化け物どもの駆除を行なったのだ。俺としては住宅街を優先したかったところなのだが、復興協力国の首脳や大使だのが来訪するこの場所に、手を掛けないわけにはいかなかった。

 経済活動を円滑に行うにも、街の整備をするにも、モンスターどもの駆除を行うにも、それ相応の設備投資が必要だ。つまりは金……円滑な物資の供給が不可欠だ。それらをすべて自国の力で賄うのは不可能であった。

 

 フォンフォンフォンフォン……!

 バタバタバタ……ッ!

 

 けたたましいサイレンの音。そして警備員、ボディガードの足音。

 どこからともなく武器を取り出し、キロスがラグナの前に立った。

 

「ラグナくんは下がっていてもらえるかな」

「なんでよ、大丈夫だって。俺、強いもん」

 うかつだった。

 俺はガンブレードを警備室に預けたままだ。

 

「すまん、キロス。武器を取りに行ってくる。それまでここを頼む」

「もちろんだよ」

「ちょっとォ……なにその態度、二人とも! それじゃ、俺、弱々みたいじゃん? 足引っ張ってるっぽいじゃん?」

「アンタは黙っててくれ! じゃ、ちょっと行って……」

 

 フォン…………

 

 きびすを返すと同時に、サイレンが止まった。

 三人同時に顔を見合わせる。

 

 バタバタバタ……!!

 

 

『ちょっ……放してよ! 怪我したくないだろッ? レオンがここに入っていったんだもん! 俺、レオンについてきたの!』

 

「…………」

『触んないでよッ! レオン、呼んで! え、大統領? 何の話よ! とにかくレオン呼んで! レオンが来なきゃこっから動かないッ!!』

 

 …………クラウド…………!!

 

 俺は額に手を宛て、俯いた。もうこの場から消えてしまいたい気分だった……親父といい、クラウドといい、どうして俺のまわりの連中は、唐突でワガママで形振り構わないヤツらばかりなのだろうか……