〜パパ来襲〜
 
<6>
 
 スコール・レオンハート<レオン>
 

 

 

 

 

 

 

 

「クラウドはただの友人ではない」

「ちょっ……レ、レオン……!」

「俺の恋……」

 ガスッ!

 とクラウドの裏拳が、顔面に入った。

 ……またもや、鼻だ。

 

「そうか〜。でも、まさか、同居人がいたとはね。だから、なかなかおうち連れてってくれなかったんだね〜」

「え……あの……?」

「あ、いや、クラウド……実は……」

「……レオン?」

 不安そうなクラウドの顔。

 こういうときのコイツは、よくないことばかり考えてしまっている。

 

「……いや、帰るぞ、クラウド」

「……え?」

「すまんな、後日また寄る……さすがに唐突だったからな」

 俺はラグナとキロスを振り返り、そう告げた。

「うん、じゃね、スコール。クラウドくんも☆」

「待っているよ」

 ふたりはすんなり俺たちを帰してくれた。

 帰りに警備室で、預けた武器を受け取ったときでさえ、問い詰められたり、咎められたりすることはなかった。

 ……手回しのいいことだ。

 

 

 家に帰り着くと、クラウドをソファに座らせ、ホットチョコレートを作ってやる。

 俺は甘い物が苦手なのだが、彼は好んで摂取するのだ。

 

「……すまなかった。唐突だったので、おまえに説明する余裕がなかった」

 俺がそういうと、クラウドはゆっくり頭を振った。

 その様は、「気にしないで」というようにも「聞きたくない」というようにも見取れた。

「クラウド、おまえは何も心配する必要はないんだ」

「……あの人……レオンのお父さん……?」

「……ああ」

「レオンのお父さん、エスタの大統領?」

 俺を見ずに、俯いたままクラウドがつぶやいた。

 手に持ったチョコレートのカップがガタガタと震えている。

「……ああ、そうだな」

「……レオン……子どもの頃……施設で育ったって言ってたから」

「……事情があってな」

「……そう」

「隠していたわけじゃないんだが」

 やや言い訳じみているかと思ったが、そう口にしてみた。

 ……クラウド自身のことは、こちらから敢えて聞くようなことはしなかったが、近しい人間はひとりもいないようだったし、彼の口から家族の話が出たことはなかった。

 

「……ううん。別に……怒ったりしてるわけじゃないんだよ」

 妙に穏やかな口調でクラウドはささやいた。

 その横顔が、ひどく憔悴しているように見えて不安になった。

「……クラウド、どうした? おまえは何も気にする必要はないんだぞ? あいつがここに来たのはただの気まぐれなんだからな」

「……そうかな」

 ボソリと彼はつぶやいた。先ほどから俺を見ようとしない。

「……ホントに……そうなのかな?」

「……クラウド?」

「だって……あの人、エスタの大統領なんだろ」

「あ? あ、ああ」

「アンタ……すごい上流階級の人だったんだね。オレ……何にも知らなかった」

 そうつぶやくと、クラウドはギュッと足を抱えて小さく丸まった。不安な時や怯えているとき、彼は良くその格好をする。

「……おい、何を言っている。そんなこと何の関係もないだろう?」

 クラウドは黙ったまま頭を振った。

「……関係無くないよ……どうして、言ってくれなかったの? オレみたいなの、側に居ちゃいけないんじゃないの……?」

「クラウド? 何が言いたい?」

 俺の問いには答えずに、クラウドは独り言のようにつぶやいた。

「……オレがアンタの親父だったら、アンタを連れ戻しに来てる。こんな……こんな場所に放っておくはずがない」

「…………」

「ハートレスやらノーバディ……化け物の徘徊する場所に、大切な息子を置いておくはずないだろ……」

「……ここの再建に尽力するのは俺自身の考えだ。ラグナは関係ない」

「……そういうもんじゃないだろ、親子って!」

 激しい口調で彼は叫んだ。

「……クラウド、どうしたんだ、何をそんなに……」

 彼に歩み寄り、腰をかがめ目線を低くする。宥めるように前髪を撫で、できるだけ静かに、穏やかな物言いで訊ねた。

 

「……レオン……!」

 ギュッと俺の袖を掴み締めるクラウド。

「……クラウド?」

「レオン……どっか行っちゃうの?」

「…………? なぜ、そんなことを……」

「ねぇ、ラグナさん、レオンのこと連れ戻しに来たんじゃないの? ……ラグナさんと一緒に帰っちゃうの……?」

 必死の形相で言葉を重ねる。

 どうやら、クラウドは親父が俺を連れ帰りに来たと考えているらしかった。……そう、おそらく一般的には、そう思われても致し方ないところだろう。

 この国はお世辞にも政情が安定しているとは言えないし、クラウドの言うように、ハートレスだのノーバディだのの襲撃を受けている。戦況は一進一退。日に日に数が増える化け物連中を、しらみつぶしに倒して回っているのが現状なのだ。

 

「何を言っているんだ、クラウド。俺はずっとここに居る」

「……本当?」

「ああ、当たり前だろう。何度も言うが、親父がここへやってきたのは、ただの気まぐれだ。俺を連れ戻そうとしてのことじゃない」

「…………」

「まだ不安か?」

 俺の服を握りしめるクラウドの指に力が入った。

「……オレ……オレ、レオン……居ないと……もうどうしていいかわかんない。ちょっとでも放っておかれると……不安で怖くて……また昔に戻っちゃうような気がして……」

「クラウド……」

「……ホント、自分でも情けないって思うんだけど……」

 俯いたまま、彼は頭を振った。

 

「大人なのに情けないって……そう思うけど……でも……」

「俺はそんなふうに感じたことはない。おまえが不安定なのは仕方がないことだ」

「……レオン」

「これから穏やかな時間が続けば、徐々に落ち着くはずだ」

「……う、うん」

「おまえが俺を必要とする限り、ずっと側に居る。……そう約束しただろう?」

 子どもに言って聞かせるように、ゆっくりと繰り返した。

「…………」

「……な? クラウド」

「……レオンがいなくていいなんて……思うわけないじゃん……」

「そうか。なら、おまえもずっとここに居ればいい。……この家に」

「レオンは?」

「……おまえがここに居るのなら、俺もずっとこの家に居る」

「……本当?」

「本当だ」

「……エスタに……行かない?」

 俺を見上げて、彼は問うた。

 海の色をした瞳が、怯えるように揺らめいていた。