〜パパ来襲〜
 
<11>
 
 スコール・レオンハート<レオン>
 

 

 

 

 

 

 ブゥン……という起動音。

 徐々に画面が明るくなってゆく。書きかけのワープロソフトを立ち上げ、続きを打ち込む。

 

 ……この辺りの事柄は、この前リクにもらったレポートが、大分役に立ってくれている。

 ソラとリクは、今頃どうしているだろうか。

 無事、トワイライトタウンというところに辿り着き、またもや戦いの中に身を置いているのかもしれない。

「……俺があの年頃は、自分のことで精一杯だったな……」

 自嘲するようにそうつぶやいた。

 二十代も半ばになって、ようやく周囲が見えてきたような気がする。

 ラグナに対して感じていた、根拠のない反発心も現在は落ち着き、決して口にする気はないが……ある種の慕わしささえ感じるようになってきている。

 ……繰り返すが、決して口にする気はない。

 

 こうして思考している間も、指は正確にキーを打つ。

 『死の大天使』の項目で、手が止まる。

 ……知っている情報を書き加えるべきなのだろう。だが、そうしたくはなかった。この資料はハートレス……そしてノーバディ、13機関と、あくまでも俺たちにとって、敵対する相手をとりまとめたものだ。

 『死の大天使』という項目……それが『敵』なのか否か……それは今現在、俺には判断が付きかねたからだ。

 セフィロスがクラウドに対して行ってきた仕打ちを許すわけではない。いや、許されるべきではないと思っている。だが、彼自身の在りようはどうなのか?

 『何故に、そうしなければならなかったのか? その関係を継続することで、セフィロスは彼に一体何を求めていたのか……?』

 それを考えると、ただ単純に、彼の存在を敵と認識し、糾弾する気にはなれなかったのだ。

 ……もちろん、クラウドには、いっさい話してはいないが。

 

「……保存……と」

 作成したデータを、メインPCに送り込んだ後、コピーを作っておく。ひとつはCDに落とし、もうひとつはハードディスクに入れておく。

 時計を見ると、すでに時刻は茶の時間……午後三時だ。

 思ったより時間が過ぎている。夢中になると、食事をすることさえも忘れてしまうのは悪い癖だと自覚している。さんざんクラウドに注意されたのだが、なかなか直らない。

 キッチンに行き、軽い物を購うと俺はガンブレードを携え、バイクに乗った。

 予定通り街へ出掛けたのだ。

 

 

 

 

 ……午後のまばゆい日差しが、ゆっくりと西に傾く。

 俺はバイクをいつもの場所に留め、剣を持って歩き出した。

 市中見回り……ようはハートレスやノーバディの駆除作業だ。もっともやつらの出没する場所は城の周辺が多いので、このあたりまでやってくることはあまりない。

 だが、油断は禁物なのだ。先月はハートレスの仕業で、人身事故が起こっている。

 

「よぉ、レオン! ごくろーごくろー!」

 クソでかい声に振り向くと、そこにはくわえタバコのシドが居た。

 ……思えばこいつも、案外ラグナと話の合うタイプの男かもしれない。

「シド……城に行ったのか?」

「おうよ。おめー、さっきメインにプログラム送ってくれたろ。あれ、ちょいといじくらせてもらった」

「そうか、助かる」

「いいってことよ。そんじゃあ、俺さまは帰るぜ〜」

「ああ、お疲れ」

「おめーは? クラウドなら、マーリンの家で見かけたぜ」

「あ、ああ」

 ごく当たり前に、彼のことを口にされ、いささか動揺する。そんなに俺たちふたりは一緒に居るように見えるのだろうか。……ああ、いや、シドを含め、仲間連中は、同居していることを知っているわけだから不自然ではないが。

「俺はこれから、街を見回ろうと思っている」

「ご苦労だな。じゃーな」

「ああ」

 なんとなく落ち着かない気分になりつつ、俺は足を進めた。

 

「どうも、お疲れす、レオンさん」

「こんにちわ、レオンさん」

 もとはよそ者だというのに、街の連中は俺のことを認知してくれている。それはやはり嬉しいことであったし、この場所への思い入れを強くするものであった。

「よ、レオン。今日は金髪小僧は一緒じゃないのか?」

 ……こんな不届きな声を掛ける輩もいる。もっとも咎め立てるようなことではないが。

「クラウドだ。覚えておけ」

「そうそう、クラウド。チョコボみたいなヤツなー」

 いかにも職人といった雰囲気の男は、そういうとひょいと手を持ち上げて去っていった。

 

 ……エスタを大都市と形容するなら、ホロウバスティオンは、ほんの小さな田舎町と言うべきであろう。街の広さ自体もたかが知れているし、なにより、『街』と呼ぶべき場所よりも、郊外といった雰囲気のほうが多い土地柄だ。山もあるし、川もある。繁華街など、ほんのわずかで、少し距離を行けば、人通りのない場所など、いくらでも存在するのだ。

 それゆえに危険だともいえるし、騒々しいのが苦手な俺のような人間にとっては、住み心地のよい場所だ。現に、自宅の周辺も、ちらほらと民家がある程度で、少し歩かなければマーケットなどはない。

 夜になると、虫の声や野鳥の羽ばたきなどが自然に耳に入り、穏やかな時の流れを感じることが出来る。

 ……もっとも、そんなふうに感じる余裕があったのは、ひとりきりで住んでいた時期であり、クラウドがやってきてからはにぎやかで楽しい時間が多い。もちろん、彼だとて、年がら年中騒いでいるわけではないのだが。

 

 

『……うん、そんでね、仲良くなりたいって頼んでんのに、無視すんだよね〜。ホント、可愛げないっつーか、なんつーかさァ』

『あ、ねぇ、ところで今日暇? 時間ない? この前、一緒に居たヤツに邪魔されたし〜。本当はもっとゆっくり話、したかったのに〜』

『え? なんでって? それはもちろん君に興味在るからに決まってんじゃん。こんなに綺麗な人、初めて会ったし〜。うおッ! 言っちゃった〜★ テヘッ!』

 

 ……春の陽気に誘われて、どこぞのナンパ野郎だろうか。

 トラブルにならなければ、知ったことではないのだが、政情不安定の今、けしからぬ輩も少なくない。

  

 俺はさりげなく声の飛んでくる方向に、視線を遣り……次の瞬間、凍結した。  

 

  こちらからは後ろ姿しか見えないが……よもや見間違えるはずはないだろう。

 長い長い……それこそ腰を被うほどに豊かな銀の髪……飛び抜けた長身……風に髪が舞うと、時折視界に映る、ほとんど血の気の感じられない雪色の肌……

 

「俺さァ、この国の住人とかじゃないんだよね。でも、たまたまやってきたのに、こうして二度も巡り会えたんだから、運命だと思う。……あ、ちょっと照れるしィィィィィ!」

 

 ……あ、あ、あ、あ、あのクソ親父〜〜〜っ!!

 

 まさしく俺は撃ち放たれた弾丸のごときスピードで地を蹴り、次の瞬間バカ・ラグナを渾身の体当たりで弾き飛ばしたのであった……