〜パパ来襲〜
 
<12>
 
 スコール・レオンハート<レオン>
 

 

 

 

 

 

 

「ス、スコール!? 痛ぁぁぁぁッ〜!! ちょっと痛いじゃんかよ!   なにすんの!?」

 やっとの思いでラグナは起きあがり猛然と抗議する。

「このクソ馬鹿野郎!! 他人に迷惑を掛けるなとあれほど言っただろう!!」

「ちょっ……迷惑って何、ソレ? 誤解じゃん? 人の恋路の邪魔するヤツは馬に蹴られてっつーだろ、コルァァァ!!」

「恋路などというな、このボケがッ!!」

 そう怒鳴り飛ばした後、俺は突っ立ったままの……というか、おそらくこの状況からして、突っ立っている以外にすることがなかったであろう、セフィロスに向き直った。

 もう、まともに顔を見ることさえもできない。

 きっと、あの冴え冴えとした氷の美貌が、侮蔑の色を孕んでこちらを眺めていることだろう。

 

「す、すまっ、すまっ……」

 俺はどもった。

「……スマ……スマ?」

 と、おかしな口調で訊ね返すセフィロス。そういえば、以前俺の家に来たときも、見知らぬ菓子や飲み物をそんな声音で復唱していた。

 ああ、いや、そんな回想に浸っている場合ではなかった。

「……あ、あの、す、すまないッ! 本当にすまなかった!!」

 俺はザシャッと音のしそうな勢いで謝罪した。クラウドのことと、この一件はまったく別問題だ。ナンパなどと……クソ親父ラグナのしたことは、平身低頭謝罪するに値する。

 

「…………」

「すまなかった、本当に! 申し訳ないッ!!」

「……『スコール』とは?」

「え、あ、ああ、いや……俺の名だ」

「……『レオン』?」

「あ、ああ、それは、この場所ではそう名乗っていて……色々と理由があるのだが。いや、その……自分の中でのケジメというか……」

 ……俺はセフィロス相手に、一体何を語っているのだろうか?

 となりではラグナがブーイングを出しているし……セフィロスは相変わらず言葉が少ない。単語ばかりを羅列して問いかけてくる。

 

「…………」

「と、とにかく、コイツが迷惑を掛けた。申し訳なかった!」

「……何故、おまえが謝る?」

「……え?」

 セフィロスが静かな声で訊ねた。確かに、そう問われるのも理解できる。

 

「その男はおまえの何だ……?」

「え……あ、いや……それは……」

「パパでェっすゥゥゥゥ!!」

 身体を循環している血液が、一挙にサァァーと引いていくのがわかる。両足で立っていることさえ苦痛になり、目の前がクラクラと回ってしまう。

 

「……パパ……? 父親……?」

「いや……それは……」

「そうでェェェェすッ!」

 とラグナ。

 ……ああ、どうしてこうなのだろう。こうなってしまうのだろう?

 もしかしたら、俺のような人間を『不幸の星の下に生まれた男』というのかもしれない。

 負傷したセフィロスに手当をしたあの一件……そしてこの前の入れ替わり騒動……

 その後、ずいぶんと様々な場所を巡り、彼の消息を確認して回っていたのに。クラウドに知られることなく、なんとかコンタクトを取りたいと願い、会話のシミュレートまでしていたのに……

 ごくたまたま、このお調子者がやってきたときに、親父とセフィロスが遭遇し、挙げ句の果てには、その場にこの俺が居合わせる……しかも、クソ親父はセフィロスをナンパ中だ……

 

 

 

 

「……顔色が悪いぞ、ホロウバスティオンの英雄」

 クッと口角だけを持ち上げる仕方で、セフィロスが笑った。整った美貌が酷薄な印象を強める。

「いや……もう……本当に何と言えばいいか……とにかくこの男は目の着かないところへ行かせる。面倒を掛けてすまなかった」

「……それはおまえの誤解だ」

 ボソリと彼がつぶやいた。その言葉に思わず彼の顔を見つめてしまう。能面のように無表情のセフィロス。

「ただ、話しかけられただけだ」

「い、いや、だが……」

「ほぅら見ろッ! スコール! コノヤロー!」

 鬼の首を取ったように、得意がるラグナ。

「いいから向こうへ行ってろ!」

「なんだよ、横暴なヤツ! ブーブー!」

「ラグナッ!」

「ちっ、もしかして、おまえも彼に気があんの? あーそうですか、コレ! そうだよなぁ、無関心、無愛想のおまえがちゃんと名前まで知ってるんだもんねェ!」

「ただの顔見知りだッ!」

 自らの口でそう答えた後、何故か微かに胸が痛んだ。

「どーだか! 何だよ、クラウドくんみたいな子が側に居るのに気の多いヤツ! サイッテー! フケツ!」

 冗談で言っているのか、本気なのか、ヤツはキィィー!とハンカチを噛み締めんばかりに抗議した。

 だが、『クラウドくんみたいな子が側にいるのに……』という一節は、グサリと俺の内奥を抉った。

 まともに顔すら見られなかったが、目の端で、セフィロスが笑った様子だけは捉えることができた。

 

「……アンタ、あっちへ行ってくれ……俺がガンブレードを抜かないうちにな……」

 そうつぶやいた俺の声は、まさしく地獄の亡者のごとく、低く奮えていたのだと思う。

「チッ、仕方ねーな! いいか、スコール! 恋愛はな、先に知り合ったほうが有利ってわけじゃないんだぞ! だから仮におまえの方が最初に名前聞いてたからって……」

「バカバカしい勘違いをするな! セフィロスに失礼だろッ! いいからとりあえず行ってくれ! ……クラウドにおかしなことを言うなよ」

 それだけはしっかりと口止めして、俺はヤツを促した。

 一度たりとてすんなりと意見を聞き入れてくれなかったラグナが、文句をブツブツと垂れながら離れて行く。

 

 クソ親父が姿を消してから、フゥゥゥと大きく吐息し、あらためて彼に向き直る。セフィロスはひどく可笑しそうな声音でささやいた。

「……相変わらず苦労の多い男だな、ホロウバスティオンの英雄」

 クックックッと低く笑う。揶揄するような物言いに、不意に不快感がこみ上げてくる。ただの八つ当たりだと自覚しつつも、俺は居丈高に詰問した。