〜パパ来襲〜
 
<14>
 
 スコール・レオンハート<レオン>
 

 

 

 

 

 

 

「……私のすべきことを終えたからだ」

 セフィロスの声は、相変わらず凪いだ海のように静かだった。

「……え……?」

 言葉の意味がわからない。

「……おまえの気持ちを確認したかった。それがわかったのなら、あの場所に留まる理由はない……」

「なに……? 何のことだ? 俺の気持ち?」

「……おまえのクラウドは戻ってきただろう?」

 今度はセフィロスのほうが、俺の直接的な問いに答えず、別の質問を投げかけてきた。

「え……? あ、ああ」

「それがおまえの望み……違うのか?」

「あ、いや、そう願った。だが、俺が訊きたいのは……」

「……私が答えられるのはそれだけだ」

 食い下がる俺を一瞥すると、セフィロスはするりと身をかわした。それに合わせて長い髪が空を舞う。

 

「話は終いだ……ではな」

 きびすを返そうとするセフィロス。

「待ってくれ!」

 俺は勢い込んで彼を呼び止めた。今度こそ、不愉快そうな眼差しでこちらを見遣る。

「……まだ何かあるのか?」

 心の臓まで凍り付きそうな、冷ややかな声音。常人ならば竦んでしまって何も言えずに見送ることしかできないだろう。

 だが、あいにくと俺は無神経の無愛想で通っている。訊ねたいことを躊躇するような遠慮深い性格ではなかった。

 

 怜悧なおもてを睨み付けるように見つめて、俺は言った。

「……どこに行けばアンタに逢える? 教えてくれ」

「…………?」

「アンタ相手に、無闇にケンカを仕掛けようということではない。ただ居場所だけ教えて欲しいんだ」

「……何故?」

 そうだろう。誰だとてそう訊ねるだろう。

 誤魔化すべきではないと思った。『何故』と問われて、わかってもらえるように説明できる自信はなかった。一言で言えるほど、簡単な感情ではない。だがセフィロスに対しては、常に誠実であるべきだとそう決めていた。

 なぜなら、彼は加害者であると同時に、誰よりも深刻な病因を持つクラウドの同胞なのだから。そして少なくとも俺に対して、彼は不実であったわけではないのだから。

 

「……アンタのことを知りたい」

 俺は正直にそう告げた。

「…………」

「アンタともっと話がしたい……そう思っている」

「……何故?」

 同じ言葉をセフィロスが繰り返した。彼はもはやいぶかしげな眼差しで、俺を見ることはしなかった。

 またあの薄い微笑……霧のように霞む淡いほほ笑みだ。それは愚かな俺の言動を、からかうようにも、また憐れむようにも見て取れた。

 

「アンタのことが気になる。……気に掛けるだけでも迷惑だろうか」

「……面白いことを言うな……レオン」

「俺は……アンタがクラウドにしてきたことを認めるわけではないし、許せるとも思っていない。……だがアンタには『ソレが必要だったんだ』ということだけは……解るつもりだ」

 そう告げても、氷の瞳は相変わらず静かな光を湛えたままであった。

「……だから?」

「そ、それは……その……だからと問われても困るのだが……とにかく居場所くらいは教えてくれ。話をさせて欲しい」

「…………」

「別に説教がましい話をしようなんてんじゃない。俺はそんな資格のある人間じゃないから……それは自分自身が一番よくわかっている」

「…………」

「……アンタの時間を少しだけ俺にくれないだろうか?」

 最期はそんな言葉で、彼を掻き口説いていた。

 

 

 

 

「……城……」

 セフィロスは抑揚のない声音で、そうつぶやいた。

「城?」

「……そう、城だ」

「城って……まさか、あのアンセムの研究室のある……」

 コクリと頷くと、ふたたび彼は口を開いた。

「あの城でもあり……またそうでないとも言える」

「な……なんだって? どういうことなんだ?」

「あの城には空間のゆがみがある。……そう、別空間、異空間とでも言おうか」

「…………」

 初めて聞く話に、俺は双眸を見開いた。

「そこを過ぎると、もうひとつの世界がある。……そう、闇の世界……私の棲む場所……だ」

「馬鹿な……それじゃ、まるでアンタは……」

「哀れな異邦人と思うか? それとも虚言癖のある気の毒な病人とでも? クックックッ……」

「い、いや……すまない。そんなつもりは毛ほどもない。アンタの不思議な力はこれまで何度か目にしてきた。疑う気はない」

「…………」

「それで? 城のどこに行けば、アンタの世界へ行けるんだ? その世界とやらに足を踏み入れれば、すぐにでもアンタに逢えるのか?」

 俺は急かすようにそう訊ねた。

 

「……おまえが求めれば、すぐにでも逢うことができよう」

「すぐにって……住所は? 連絡先は?」

「……フフフ」

「おい、セフィロス!」

「そんなもの……必要ない。すぐに逢える……」

「そんな……お伽話の世界じゃないだろう?」

「……クックックッ……似たようなものだ……」

 それだけ言い終えると、話は終わりとばかりに踵を返した。

 尚も追いすがって、せめて城のどこに行けばよいのか訊ねようとも考えたが、それはせずにおいた。

 わずかながらも自らについて話してくれたセフィロス。

 ほとんど、耳を疑うような不可思議な話だが、彼の世界の片鱗を覗かせてくれた。

 

 ……必ず探し出す……

 

 あらためてそう心の中でそう決意する。

 長い影を作っていた夕陽が、ゆっくりと西に傾き、最期の輝きが俺の視界を奪った。

 その拍子に、ハッと気づき、弾かれたように走り出す。

 

 クラウドが帰ってくる前に、ラグナの口止めをしなければならない。落ち着いてきたとはいうものの、基本的に不安定なクラウドのことだ。

 『セフィロス』の名を耳にしたら、身体に刻み込まれた忌まわしい性癖と、彼の存在に怯えるだろう。いや……クラウドはセフィロスに怯えつつ、未だに魅入られている。 

 それだけ、セフィロスがクラウドに施した毒薬は、劇薬であったのだろう。一見、健全、健康そうに見えるあの白い肉体に、深々と爪痕を残しているのだ。

 

 俺は駐車していたバイクに跨ると、すぐさま飛び出した。