〜パパ来襲〜
 
<15>
 
 クラウド・ストライフ
 

 

 

 

 

 

 

「やっほー、クラウドくん!」

「……あれェ? ラグナさん?」

 俺は向こうから手を振って歩いてくる見知った人の顔を見て取った。黒髪にしなやかな長身……レオンのお父さん、ラグナ大統領だ。

 

「どうしたの? こんなところで、ひとりなの?」

 向こうから走ってくる彼に、そう訊ねた。

「うん、そうなんだよねー、ナンパしてる最中、スコールに出くわして邪魔された」

 子どものように憮然とした表情でそう言う。

 本当に楽しい人だ。とても一国の大統領などという、重苦しい立場についている人間には見えない。

「あっはっはっはっ!」

「もう、笑い事じゃないんだぞー。せっかく頑張ってたのに」

「仕方ないよ。レオン、すごく真面目な人だもん」

「ホント、あいつはカミさん似だよ〜」

「へぇ〜、そうなんだァ」

「あ、ところでさ、クラウドくんは? 仕事だったんでしょ?」

 くるくると表情の変わるいたずらっぽい瞳がオレを見る。

 

「うん、終えてきたよ。やっぱヤなこと最後に残すとダメだね〜。かえってめんどくさいコトになっちゃって」

「あー、うんうん、わかる〜。でもそーいうのってホント、先延ばしにしたくなっちゃうんだよね〜」

「でしょー?」

「ね、仕事終わったんなら付きあってよ。明日はもう俺、帰んなきゃなんないし」

 いささか唐突に、そう告げられた。確か、レオンは2、3日は……と言っていたのに。

「え? そうなの?来たばっかりじゃない」

「……君たちの家には昨日行ったばかりだけど、ホロウバスティオンには少し前に来ていたんだ。もうちょい居られるかと思ったんだけど、連絡来ちゃって」

「そうだったんだ……」

「うん。まぁ立場も立場だからさ。放ったらかしにするわけにはいかないし」

「なんだか寂しいな……」

 思わずそうつぶやいていた。それはオレの本音であった。たった一日あまり……そんな短い期間であっても、ラグナさんの人柄に癒されたような気がしていた。

「そんなわけでさァ、せっかくなんだから晩ご飯でも食べに行こ」

「え、ふたりで?」

「うん。イヤ?」

「そうじゃなくて……最後の夜なら、レオンも……」

「そんな逢えなくなるわけじゃないんだからさ。あの口うるさいの、わざわざ呼びつける必要ないって」

「……でも……」

「俺はクラウドくんと話がしたいの。あいつ居ると邪魔ばっかすっからさァ」

「……う、うん……オレなんかでよければ」

「あいつには、『晩メシいらね』って、メッセージ入れといたら?」

 ごくあっさりとラグナさんはそう言った。一見薄情に見えるけど、むしろレオンを気遣っているんだ。

『明日にもエスタに帰ってしまうけど、それは別にどうってことない。わざわざ夕食の席を共にして、別れを惜しまねばならぬほどの出来事ではない』

 そう態度で示したいのだろう。オレだったらこんな身内が居ればどれほど心強いかと思う。

 

「うん、じゃ、よろしく。ラグナさん」

「まかせて! クラウドくん、何が食べたい? えーとその前にせっかくだから、ショッピングモール歩こうよ。時間ちょっと早いしね」

「うん」

 オレは素直に言葉に甘えることにした。なにより、ラグナさんがそうして欲しそうに見えたから。

 

 

 

 

 進められるままに、メイン通りのセンター街を歩く。

 この辺は、繁華街から一線を画した、ちょっと高級な店の並んでいる一角だ。私費でハートレス駆除のための傭兵を雇えるような店ばかりで、オレなど、ほとんど立ち寄ったことがない。

「ここ、ここ。最初から、目ェ付けてたの、あるんだよね」

 軽い調子で促されたのは、見るからに高級そうな店だった。派手派手しくいかにもお高くとまった雰囲気ではなく、鈍い色合いの石づくりの建物は、長い歴史と伝統を感じさせ、軽薄な成金などが足を運んで良い雰囲気ではない。本当の高級店というのは、こういった店構えなのだと思う。

 

「……何かこんなお店入るの……初めてなんだけど」

 多少気後れして、彼に小声で耳打ちした。

「お客さんなんだから、堂々としてればいいんだよ」

 耳元でそうささやきかけ、やさしく笑ってくれる。レオンによく似た整った顔立ちが柔和に崩れた。

 

 足を踏み入れたのは、小物店……というか、服飾小物と宝飾具の店であった。指輪やピアス、ネックレス……オレも好みのものを何点か持っているが、到底こんな店で買ったものではない。

「クラウドくんが普段付けているのも格好いいけどね。きっとこういう繊細なヤツも似合うと思うんだよね。君、すごく綺麗だもんね」

「え、ちょっ……ヤ、ヤダなぁ。そんなことないよ」

「ううん。ホントだってば。ハニーブロンドもマリンブルーの瞳も。ちょっぴりレオンのヤツがうらやましくなった」

 そう言われてギクリとする。

 ……オレたちの関係は、何も知らないはずだけど……

 

「ほら、こっち、クラウドくん」

 ラグナさんに促されるままに、オレは彼の示すショーケースを見つめた。

 ……普通の横長のヤツじゃない。

 階段状のステップの、一番高くなったところに位置する、深緑のビロードのショーケースだった。

「これ、どうかなァ。……お守りにもなるんだって」

 深緑のビロードの中に、厳かに鎮座しているネックレス……想像していたよりもずっと小さくて、だが神秘的な輝きを秘めたそれ……

「……これ何の石……宝石……?」

「翡翠だよ。……実は前に来たとき耳にしていたんだけどね。東方の国の……どこぞの神官が王家から下賜されたものらしいんだよ。古い言い伝えでは、禍を遠ざけ、もっとも愛する者への変わらぬ誓いを抱き続けられるそうだよ」

 ラグナさんの言葉は、まるで教会の神父がささやくように、オレの耳に響いた。

「愛する者への変わらぬ……誓い……?」

「うん。ふふふ、今、そう言う人が居るのか居ないのかは追求しないことにして、と。お守りのプレゼントなら、受け取ってもらえるかなと思ってさ」

 そう言われて、マジマジと翡翠のペンダントを見つめる。小さな石だが、言葉にし難い色合いで、また見る角度によっても輝きが変化するのが、なんとも不思議に見えた。

 

「で、でも……あの……幾らくらいなんだろう……値段書いてないよ、ラグナさん」

「そんなこと気にする必要ないって。どう、気に入ってくれた? それともダメ?」

「う、ううん。すごく素敵だと思う。なんかこの石……見てると落ち着く……」

 正直にそう答えた。

 ラグナさんはひどく満足げな微笑を浮かべた。

「そう、よかった」

 オレにはそれだけ言い残すと、目配せひとつで、既に、すべて心得ていたような店員がやってきた。そっとガラスケースを開けると、白い手袋をして、厳かにケースから、それを取り出した。

 包もうとするのを、片手で制止し、そのままとりあげる。

 

「クラウドくん、ジッパー下げてもらっていい?」

「え、あ、は、はい」

 やさしいけど強引なラグナさんに言われるままに、オレはタートルネックの胸元をくつろげた。

 何の躊躇もなく前から抱擁するように付けてくれる。ほんの数秒後、『彼女』はオレの胸元で揺れていた。

 そう……なんとなくイメージが『彼女』という雰囲気であったのだ。遙か彼方……東国の天女という漠然とした、だが充分に不可思議なイメージがオレの頭に浮かんでいた。

「うん、よく似合うよ」

「はい、お似合いでございます」

 そつなく支配人とおぼしき男性が言葉を重ねた。温厚そうな……白髪の紳士だった。その物言いがお世辞じゃなく、心からそう言ってくれているようで、嬉しくも思い、また気恥ずかしくもあった。

 

「ああ、ほら……」

 ラグナさんの声で、ふと気付く。

「色が……変わった……?」

「はい、不思議な石でございます。付ける方、おひとりおひとりによって輝きが異なります」

「そう。そしてね、君がつらいことや悲しいことを抱えているとき、色を変えて君を癒してくれるんだって。そして君が幸福に在るとき、『その子』もまた共に喜んでくれるから……」

 オレの胸もとの石は、淡い琥珀色に輝いていた。さきほどまで深い緑色であったのに…… なぜかオレは、『彼女』がオレを見知って、挨拶をしてくれているような、そんな気分になっていた。

 

「ラグナさん。ありがとう…… オレ、ずっと大切にする」

「いいえ、どういたしまして」

 ひょいと両手を差し出して、おどけた調子で彼は応えてくれた。かたわらに控えていた支配人も微笑んでいた。