〜パパ来襲〜
 
<16>
 
 クラウド・ストライフ
 

 

 

 

 

 

 

 それから数刻後、オレたちはレストランの中に居た。

 敢えて個室ではなく、広間の奥まった席を取ってくれたらしい。この時刻ならコースが普通だが、何度も店員がやってきて、料理の説明を受けるのが煩わしいと感じたのか、それともオレが緊張するとでも思ったのか、ある程度まとめて料理が並べられた。

 酒も一目で見て、高そうだとわかるものだが、それを3本ばかり置いて、ウエイターは去っていった。

 

「ラグナさん、やっぱこういう店、慣れてるんだね。オレ、ほとんど来たことないや……」

 小声でささやきかける。

「うーん、仕事の関係でちょこちょこね」

「そっかァ、すごいなぁ」

「君はまだまだ若いんだから、こういう店を知るのはもっと後でしょ」

 彼はあっさりとそう言った。彼の物言いは屈託がなく、また小気味いいほどにストレートで聞いているのが心地よい。

 

「あ、でも、俺は屋台とか大好き。キロスがいい顔しないからさー。知らない場所はなるべくうろつかないようにはしてるけど、初めて行く土地ほど屋台や定食屋みたいなところ、行きたくなっちゃう」

「うん、なんか、わかる!」

「でも、ま、今日はクラウドくんと一緒だったからさ。ちょっといい店、行ってみたかったの☆」

 そういうと、子どもっぽく鼻にくしゃりとシワをよせ、ウインクしてみせた。

 

 前菜の皿を空けて(料理はとても美味しかったけど、いちいち説明できないし、名前もわかんないから割愛!)、スープを飲み干し、魚料理が2種、肉料理がやってくる。

 どれもこれも、分量は少量なのだが、とにかくプレートの数が多い。

 でも、やっぱり美味しい!

 レオンの作る『男の食彩』も美味しいが、めったに食べる機会のない高級店のフルコースに舌鼓を打った。

 

「美味しい?」

 と、聞かれ、即座に

「うん!」

 と応えた。食べ物で単純に喜ぶ俺を、微笑ましいと思ったのか、整った面が、本当に嬉しそうに、にっこりと微笑んだ。

 一通り食べ尽くし、飲み物とデザートが運ばれてきてくると、ようやく会話できそうな雰囲気になったのだろう。にこにこと笑っていたラグナさんが、俺を見て口を開いた。

「ねぇ、クラウドくんはいつからうちのヤツと一緒に居てくれているの?」

「う、うん、三ヶ月……くらいになるかな。まだ最近なの。……でも、『居てくれてる』って言い方、ちょっと合わない」

 こう答え、言葉を付け加える。

「レオンは、オレのこと拾ってくれたようなものだから…… ごめんなさい、オレ、すごくレオンに迷惑掛けてる」

「君はアイツのことが好き?」

「え? え……あ、あの…… う、うん……すごく……好き」

 バカ正直に、オレは答えた。ラグナさんの問いかけの意味はよくわからなかったけど、『好きか?』と訊ねられたら、この世界の誰よりも、レオンのことが好き……それだけは本当だったから。

「それならいいじゃない。拾おうと拾われようと、迷惑掛けようと掛けられようとさ」

「うん…… でも、オレはレオンの役に立ててないみたいなの。一生懸命……考えたりはするんだけど……」

「ふふふ」

 ラグナさんが笑った。オレをバカにするような笑い方ではなく、なんというか、すごく暖かい雰囲気で。

 

「レオンがね、オレのために色々してくれるように、オレもレオンの喜ぶことしてやりたいんだけど、あんまり上手くいかないみたい」

「君のそういう気持ちが嬉しいんじゃない? アイツにとっては」

 『オレのそういう気持ち』を、ラグナさんはどう解釈しているんだろうか。強い友情のようなもの? まさか肉体関係のある、恋愛感情上のものだとは気付かないと思うのだが。

 

「あのさ、ラグナさん……」

「ん? なに? なにか飲む?」

「う、うん。あのね……聞きたいこと、あるんだけど」

 オレは口火を切った。ずっと聞きたかったこと……レオンに確認してもなかなか安心できなかった事柄……本当はラグナさんに訊ねるのはすごく怖い。

 でも、今、訊かなかったら、ずっと言えないような気がするから……

 

「なんだろ?」

 軽い調子で、彼は聞き返した。

 ドックドックと鼓動が激しくなり、胸が苦しくなってくる。オレは胸元のペンダントに祈るような気持ちで口を開いた。

「ラグナさん……ずっとレオンと会ってなかったって言ってたよね?」

「うん。まぁ仕事でちょこちょこホロウバスティオンには来てたんだけどね。あいつも忙しそうだったし、もともと素っ気ないヤロウだからさ」

「……でも、今回は……さ。わざわざ官邸までレオンのこと呼んだり、ああして手紙書いたり……レオンのうちまで来たよね」

「うーん、まぁ、そうだね。今回はお忍びだし、わりと時間、あったしね」

 他意はないというのを、強調するように彼は言葉を付け加えた。

 

「……ラグナさん……レオンを連れ戻しに来たんじゃないの?」

 わずかな間隙の後、オレはそう訊ねた。

 口にした後で、もっと言葉を選べばよかったかもしれないと後悔した。一瞬虚をつかれたように、綺麗なダークグレイの双眸が瞠られたが、次の瞬間にはいつものようにやさしい光が宿っていた。

「……クラウドくんはどうしてそう思うの?」

「……だって……ラグナさん、大統領なんでしょう?」

「うん、まぁね」

「大統領ってエライじゃん。社会的地位っていうの?すごく高いんだろうし」

「んー、ふふふ、どうだろうねェ」

「それにやっぱお金持ちじゃん……」

 オレは子どものように稚拙な単語を並べていた。それをバカにすることなく、おとなしく聞いてくれているラグナさん。

 

「レオンの立場って、御曹司……だよね? 大統領の息子なんだから」

「んー、どうなんだろ。まぁ、客観的に見れば、そう見えないこともないのかなァ?」

「……だから、オレ、ラグナさんがレオンを連れ戻しに来たのかと思ったの。きっとレオンのことだから、これまでは適当にはぐらかせてきたんだと思う。でも、今現在のホロウバスティオンの状況見たら……大切な息子、置いておけないって感じるのあたりまえだもん」

 空になったワイングラスをいじりながら、オレはボソボソとつぶやいた。酒を飲んだせいか、多少愚痴っぽくなっていると自覚した。

「んー……ハートレスにノーバディだっけ?」

「うん……ホロウバスティオン再生委員会で、みんな色々頑張ってはいるけど、いつ終わるともわからない戦いだし……危険かと訊ねられれば否定できないもの」

 ため息混じりにオレはそうつぶやいた。ラグナさんはウエイターを呼んで、オレにソフトドリンクを頼んでくれた。

「だから……ね。安全なエスタに……連れ戻そうとするつもりなのかなって……」

「ん〜……そうだねェ。すぐにどうこうってつもりはなかったけど……街の様子を見て、機会があれば、そんな話をしようかとは思ってたよ、正直ね」

 『ああ、やっぱり!』という言葉が、頭の中で音になって鳴り響く。

 だって、レオン、大統領の子息なんだもん。居ようと居まいと変わりない、オレみたいなヤツとは違うんだから。地位も身分もある、有能な人の息子で……きっと、エスタの次の指導者として期待されているのかもしれない。

 一見、ラグナさんは冷静に話しているけど、父親として、大切な息子が、こんな危険な街で戦い続けるなど、心配しないわけがないではないか。

 おまけにオレみたいなお荷物を背負い込んで、町外れの小さな家に住みついて……とても大統領子弟の生活とは思えなかったのだ。