〜パパ来襲〜
 
<17>
 
 クラウド・ストライフ
 

 

 

 

 

 

 

 

「クラウドくん?」

 声を掛けられ、ハッと正気づく。

「あ、ご、ごめんなさい……そ、そうだよね……心配、するよね……」

「まぁね。一応、父親だからね」

 ふふふとわざと軽い調子で笑ってみせるラグナさん。

 でも、この人が本気になれば、レオンを本当に連れ戻してしまうかもしれない。陽気でやさしいラグナさん。でも、オレたちの年齢では備えられない、落ち着きと強靱さと穏やかな自信を持っているのが見て取れる。

 いかにレオンだって、一国の大統領が……おまけに自分の父親が、真剣に身を案じて呼び戻そうとしたら、まるきり顧みないわけにはいかないのではなかろうか。

 

 レオン……

 レオンがいなくなっちゃう?

 オレを置いてエスタに帰るかも……? ううん、そんな言い方おかしいよ。むしろ、ラグナさんの言うこと無視して、危険を顧みずにこんな場所に残って、いったい何の利があるっていうの?

 レオンがホロウバスティオンを大切に思っているは知っているけど……でも……わざわざ実のお父さんが、帰郷の説得に来たのだとしたら……?

 

 レオンは、ずっとここにいるって言ってたけど……あの家に居るって……オレの側に居てくれるって……ああ、でも……!

 

「クラウドくん? どうしたの?」

 ラグナさんに声を掛けられて、オレはハッと顔を上げた。物思いがもろに表面に現れてしまうオレは、きっと不安と焦燥でひどく切羽詰まった表情をしていたのだろう。

 だが、それを恥じる余裕さえ、今のオレにはなかった。

 

「ラ……ラグナさん……」

 やっとの思いで口を開く。

 でも、どうしよう。

 ……何て言えばいいの? ただの同居人のオレが……何を願っていいのだろうか?

「クラウドくん? 本当にどうかしたの? 気分悪い?」

 腰を浮かせて、オレの様子を伺う彼に、緩慢に首を振る。

「もしかして飲み過ぎちゃった? ……お水もらおうね」

 ひどくやさしくそうささやきかけると、彼はすかさずお冷やをもらってくれた。おちゃらけているようで、行動の一つ一つが無駄なく洗練されている。ああ、やはり、オレなどとは住む世界の異なる人……そう思い知らされるようだ。

 

「……クラウドくん?」

「ラグナさん……ゴメンなさい。そうじゃないの……あの……オレ……」

 言いたいことはひとつだけなのに……

 ……レオンを連れて行かないで……どうかお願いだから、せめてもう少しの間だけでも……一緒に居させて……

 

 ああ、そんなことを口にできるはずがない。

 いくら、温厚で優しい人でも、自分の息子のことなのだから。男の……しかも氏素性も知れないオレみたいなハグレ者が、願っていいことではない。

 

「クラウドくん……?」

 オレは言えなかった。

 ただ俯いて頭を横に振るだけであった。

 ラグナさんは、黙ったままオレの醜態を許してくれていた。

 そして不意に、髪にそっと触れられる。

 

「安心して、クラウドくん」

 ラグナさんが言った。今までのどの時よりもやさしい口調で。

「……え?」

「大丈夫。あいつを連れて行ったりしないよ」

「…………」

 オレは惚けたように、整った彼の顔を眺めていた。

「ま、親としては、いろいろ考えるコトあるけど、それは勝手な心配だからね。人生は本人のもの。あいつが帰るっていうならそれでいいけど、本人がここに居るっていうのを無理やり引っ張っていくわけにはいかないでしょう?」

「ラグナさん……」

「俺もそうやって生きてきた」

 彼はきっぱりとそう言いきると、ふたたび柔和に微笑んだ。

「自分のことは自分で決めればいい。誰かに人生を代わってもらうことはできないからね」

「…………」

「君もだよ、クラウドくん」

「え……?」

「君の人生も誰かが代わりにやってくれることはない。どんなにつらいことがあっても……また逆に嬉しいことがあっても、ね。だから……後悔しないように。いろいろなことを」

「う、うん……」

「息子をよろしく、クラウドくん。……君はとてもいい子だね」

「ラグナさん……」

 そう言って微笑んだラグナさんは、ひどく満足そうに見えた。

 ただならぬオレの様子から、もしかしてオレとレオンの関係を読み取られてしまったのだろうか?それとも、親友として『よろしく』なのか……

 それを確認する術はなかったけど、ラグナさんのやさしい笑顔を見ていると、今はこのまま……言葉を足す必要は無いように感じた。

 

 店を出ると、大統領補佐官……たしかキロスといったか……

 褐色の肌をした有能そうな人物が待っていた。

 

「ごめんね〜、実はメシ食ってるとき、ケータイ入っちゃってさァ。すぐに出発しなきゃなんないんだよ」

 拝むように片手を差し出し、謝罪する。

「そ、そんな……オ、オレなんかはともかく、レオンに……」

「あいつはいいって。ごめんね、クラウドくん。ちゃんと送っていってあげたいんだけど。君が強いのは知ってるけど、スコールにブン殴られそうだからさァ。上手く言っておいてくれる?」

「ラグナさん……」

「ラグナ君。すまないね、すでに出国の準備は出来ている。ただちに搭乗してくれたまえ」

 補佐官が言った。

「はーい、はいはい、わかってるよ、キロス。……そんなワケなの。本当にゴメン、クラウドくん」

「う、うん……」

「そんな顔しないで。また一緒にゴハン食べに行こう」

 まるで拉致されるように車に乗り込まされているラグナさん。

 オレは慌てて走り寄ると、窓にへばりついて話しかけた。

 

「ありがとう、ラグナさん! これ……ペンダント、大事にする! お守りにするから! それから……レオンのことも……ありがとうッ」

 SPに囲まれたガラス越しに、手を振ってくれる。ちゃんと声は聞こえているみたいだ。

「ホントにありがとう、ラグナさん! また来て! オレ、待ってるから……! レオンと一緒にあの家で……待っているからッ!」

 彼が微笑みながら頷いてくれたのを確認して、ようやくオレは車から離れた。

 

 最後に残った補佐官が、きちんと一礼すると、それを合図にしたように、一斉にハイヤーは走り出した。

 

 まるで夢を見ていたような二日間……

 いきなりレオンのお父さんという人に逢って……それが一国の大統領で……