〜この手をとってささやいて〜
 
<1>
 
 スコール・レオンハート<レオン>
 

 

だだっ広い城内に俺の足音が響く。

「セフィロス!いないのか、セフィロス!」

 繰り返し、その人の名を呼び、廊下を駆ける。いかに小ぶりな城といえど、地下室から七階まである城内をひとまわりするだけで、あっという間に数時間が経ってしまうのだ。

 それも当然のこと、各フロアの廊下には、ずらりと個室のドアが並んでいるのだから。

 たったいま、俺がしている『作業』というべきものは、廊下の片端から、部屋の扉を開け、中の状況を確認していくという地道なものであった。

 ホテルマンにでもなったような、こんな作業も、彼のためでなければおこなうはずもない。

 

 彼の棲む世界という場所に連れて行ってもらってから、ちょうど一週間になる。

 その間、セフィロスは一度もホロウバスティオンに姿を現わすことはなかった。もちろん、このアンセムの城にも。

 色味のない彼の世界は、良い場所とは到底言い難い。

 数知れぬ『Sephiroth』と名の刻まれた墓標。人形だらけの城。草花でさえ、石英のような無機物でできている。

 あんな場所にひとりで居ることなど、到底奨められることではない。

 

 ホロウバスティオンに住んで欲しい。

 勝手な願いかもしれないが、俺は真剣にそう考えていた。

 

「セフィロス!セフィロス……!」

 繰り返し彼の名を呼ぶが今日もいらえはなかった。

 深いため息を噛み殺し、最上階に戻る。

 アンセムの私室はいつも必ず最初に確認する場所だ。だが、始めに見たときは彼の姿はなかった。何時間もここで粘るわけにはいかない。

 そうでなくとも俺には、やらなければならないことが数多くあった。もちろん、クラウドとの生活にも支障を来たすわけにはいかない。

 メインコンピューターを落とし、ふたたびため息をひとつ漏らす。

 今日はあきらめて、明日また来よう、そう考えていたときだった。

 

 アンセムの私室のほうから人の足音が聞こえてきた。

 

「セフィロス……!」

 俺は急いでとって返すと、アンセムの私室に飛びこみ、そのまま寝室に続く扉を開けてみた。なぜなら、もっとも遭遇しやすい場所が、その寝室であったからだ。

 

 

 

 

 

 

 果たしてそこに彼は居た。

 いつもどおりの気怠げな佇まいで。

 

「セフィロス!よかったようやく会えた……!」

 鬱陶しげな一瞥にもめげず、俺はそう言った。

「……なんなのだ、貴様は」

 独り言のような物言いにも、すでに俺は慣れていた。

「アンタのことが心配だった。この前は勝手なことを口にしてすまなかった」

 俺は独りよがりの告白について謝罪した。

「……そう思っているのなら、私の前にあらわれるな」

 痛いところを突かれるが、そこはしっかりと言葉を重ねておく。

「それはできない。あの後、よくよく考えてみたが、やはりアンタのことは特別なんだ。このホロウバスティオンに居て欲しい。俺の目の届く安全な場所に……」

「……よけいなことだ」

「セフィロス……アンタを想うことさえ許されないのか」

「…………」

「唐突で驚いたと思うが、この前言ったのは正直な自分の気持ちなんだ。アンタのことを大切に考えている。だから……」

「……貴様はまだ目が覚めぬようだな。私の棲む場所を見れば理解すると思ったが……」

 ぎりと歯を噛みしめ、セフィロスがつぶやく。俺を見る眼差しはどこまでも冷たく、奇妙な動物を眺めるような色味がある。

 

「貴様と私は本質的に異なるのだ」

 セフィロスが言った。

「そんなことはわかっている。人は皆別の……」

「そうではない……!わかりあえぬと言っているのだ」

 苛立たしたしげにその言葉を投げつけると、彼は俺の腕を取った。

 今日の彼は仕立ての良さそうな黒のシャツとアイボリーのスラックスという、ごく普通の人の身なりをしている。そんな姿を眺めれば、よけいにセフィロスのいう理解し合えないという理屈に頷けるものではない。

 

 セフィロスは強い力で俺の腕を引っ張った。そのまま寝室の窓辺に連れて行かれる。

「……貴様は少し頭を冷やす必要がありそうだな」

 低い声の後、一瞬の浮遊感が俺の身体を襲った。

 

 落ちる……!

 

 足を着く場所も見当たらず、ただ感じるのは腕に添えられたセフィロスの手の感触だけだった。

 

 次に目を開いたとき、真夏の太陽がさんさんと照りつける海辺へふたりでたどり着いていた。

「ここは……」

 どことなく既視感のある場所だ。

 そうだ、この地は、『コスタ・デル・ソル』。

 もうひとりのセフィロスとクラウドの居る世界であった。