〜この手をとってささやいて〜
 
<3>
 
 ACセフィロス
 

 

 

 もう夜……だ。

 昼下がりの情事のつもりが、やや長引いてしまった。眠気に負けて、起こされるまでまどろんでいたのがいけなかった。

 もっとも、『夕食の時間までに帰ってきなさい』などと、オレに忠告するのはイロケムシくらいのものだが、オレ自身が今の食生活を楽しんでいるせいで、昼に愛人と過ごしたときは、晩飯には間に合うように帰宅するという、自身の中でルールを作っていたのだ。

 それが今日はちょっと遅れ気味になったということである。

 

「セフィロス、おかえりなさい」

 と、わざわざ奥から出てくるのは、もちろんヴィンセントである。どうやら晩飯には間に合ったらしい。

 普段はほとんど表情のない白い顔が、微かに上気している。

「ああ、晩飯には間に合っただろ」

 乱暴に上着を脱ぎながら、そう訊ねる。ヴィンセントはそれを受け取ると、淡い微笑を浮かべながら、少しばかりいたずらっぽく言った。

「きょ、今日は君にお客さまが来ている。きっとびっくりするだろう……」

 意外な言葉に俺はヴィンセントをあらためて見た。

「オレに客?誰だ」

「今、居間で子どもたちの相手をしてくれている。さぁ、行こう」

 その問いかけには答えず、ヴィンセントはそっとオレの手を引いた。

 

「おかえり、セフィロス。遅いよ!」

 というのは、可愛い気のないヤズーだ。

「セフィ、早く手洗ってこいよ」

 先に風呂をもらったのだろう。クラウドはスウェットの上下で、すでに席に着いている。

 そして、オレの客というのはカダージュとロッズ相手に、なにやら話を聞かせてやっている長身の男……

 先月、ホロウバスティオンとやらで、世話になった輩……レオンであった。

 

「おまえ、レオンか」

 別世界からここにやってくるのは容易なことではない。すでにオレはそれを身をもって知っている。だから、さすがに驚いた声になっていただろう。

「あ、ああ、セフィロス。……そのお邪魔している」

「いや……よくおまえ、ここに来られたな。空間のゆがみが見られるのか?」

「そ、そういうわけでは……その……少し事情があって」

 言葉を選ぶように、ぼつぼつとしゃべるのは相変わらずだが、表情がはかばかしくない。

「ハイハイ、まずは晩ご飯食べてからにしましょ! セフィロスのせいで遅くなっちゃったからね!」

 クソえらそうにイロケムシがいう。

 まずは夕食……それはかまわないのだが、冴えないレオンの横顔に、なんとなく胸騒ぎがするのであった。

 

 

 

 

 

 

 夕食後……すでに年少組が解散した後のことだ。

  ようやくレオンは重い口を開けた。

 

「セフィロス……その、話があるんだ」

「なんだ、もったいぶるな。また、13機関とやらの話か?それともキングダムハーツがどうのという……」

 思いつく単語を適当に並べて見せたが、レオンは違うというようにかぶりを振った。

「いや……ちがう。その……極めて個人的な話だ」

 個人的な話……あっちの世界の『クラウド』のことだろうか。

 思いめぐらしている間に、ヴィンセントが茶をふるまう。

 ちなみに現在、居間にいるのは、オレとレオン、そしてヴィンセントにイロケムシの四人である。後から考えれば、この場所にクラウドがいなかったのは幸いだといえるだろう。翌朝も配達で早いからといって、十時過ぎに部屋に引き取っていったのだ。

「そ、その後、ホロウバスティオンは平穏になっている。まだまだ治安に課題は残るが……その、アンタたちのおかげだ。それについても感謝を述べようと思っていたところだ」

「そんなことはどうでもいい。個人的な話を聞かされるほど、オレたちゃ親しい間柄ってわけでもねーと思うがな」

 やや突っ慳貪にそういうと、ヴィンセントが小声で「セフィロス」とオレをたしなめた。

「そ、その、レオン。セフィロスに相談事……ならば、私とヤズーは席を外そうか?個人的な話ならなおさら……」

 ヴィンセントがレオンを気遣う。

「えー、ちょっと、やだァ。せっかく面白くなってきたと思ったのに〜」

 不躾なのはもちろんイロケムシだ。

「い、いや、その……だが、聞いてもらっても不快に感じるかも知れない。それなら、セフィロスとふたりで話した方が……」

 レオンらしくもない歯切れの悪い物言いに、オレは覆い被せるように口を開いた。

「どーでもいいだろ。なにをぐちゃぐちゃ言ってやがる。さっさと話せレオン!」

 乱暴に促すと、レオンは覚悟を決めたように、キツイ目線でこちらに送った。

 

「『セフィロス』に……告白した」

 レオンの低い声が震えている。

 

 しばし、空白の時間が流れる。

 ……だれも一言も発さない時間……

 

「……お、俺は、『セフィロス』のことが好きだ。恋愛感情……でだ」

 一言一言確認するようにレオンは言った。

 ……まるで頭の中を火掻き棒で、ぐるぐるに引っかき回されるような気分だ。

 あれだけ『関わり合いになるな』と言ったのに……いや、レオンがその禁忌を破るほどにあの男を特別に想っているということなのか……

 ヴィンセントとヤズーも虚を突かれたのか、無言のまま引きつっている。

 パニックに陥りそうな脳内の片隅で、「やっぱりな」という声が聞こえた。

 オレとジェネシスが、ホロウバスティオンに行ったとき、13機関にさらわれた『セフィロス』を、死に物狂いで探し続けたレオン。冷静沈着な彼があんなにも必死になって、『セフィロス』を追い求めていたのだ。

 

「おい……おいおいおい!ちょっと待て。貴様、自分が何を言っているのかわかってんのか?相手はオレと同じツラした悪魔みたいな男だぞ!!」

 ツッコミ役がいないので、自らレオンを問い詰める。

「……十分に自覚している。俺は『セフィロス』のことが好きなんだ。この想いはもう止めようがない」

「ちょっ……ちょっと待て、おちおち落ち着け、おまえェェェ!」

「セフィロスのほうが落ち着いてよ。今、一番イイトコじゃない」

 そう言ったのは、興奮して鼻息荒くなったイロケムシであった。白い頬がピンク色に上気している。

 こいつのツラは女顔負けに美しく整っていやがるが、性格は魔女のような輩だ。さらにいうなら、人の恋路に顔を突っ込むのが、三度の飯より好きというイカレタやつなのだ。