〜この手をとってささやいて〜
 
<6>
 
 ACセフィロス
 

  

「オレたちの姿を目の当たりにした『セフィロス』の様子はどうだった。覚えているか」

「……?ガラスケースへ閉じこめられていたんだ。なんだか苦しげだった。クソ……!あの変態化学者め!」

「あのときの『セフィロス』の変化を見ただろう。足元から黒い煙が出て、全身を絡め取るように広がっていって……」

「もちろん、覚えている。あのバケモノ化学者のせいで、『セフィロス』が苦しめられて……もっとオレたちが早く助け出せてやれていたら」

 レオンはその当時のことを思い出したのか、いかにも自身の力不足というようににがにがしげにこぶしを握った。

 かまわずオレは話を続ける。

「リクが言っていた。あの黒い煙……『死の大天使』のノーバディが生まれようとしていたんだ。それまでは何度化学者が試してみても、生み出せなかったノーバディがな」

「それが俺とどう関係があるっていうんだ」

 ……鈍い。

 相変わらずの朴念仁っぷりを遺憾なく発揮して、つまらなさそうにレオンが問い返してきた。

「わかんねーのか。人間らしい感情をもたない生物からはノーバディは生まれない。それまでずっとノーバディができなかったのに、おまえを見て、セフィロスの中に『心』が生まれたんだ」

「……こころ?」

「そうだ。ヤツはおまえに強い関心がある。……ヤツは自覚してないだろうが、ひねくれた恋情だ」

 レオンが呆然とした表情でこちらを見る。口を開けたままのまぬけた顔は、普段の精悍なイメージからはほど遠い。

「ひねくれた……恋情?」

「他に表現のしようがないからな。自覚がないっつーのが一番厄介だ」

 チッと舌打ちするが、レオンはまだ呆けたように俺を見ている。

「……ひねくれた恋情……恋情? 『セフィロス』が俺にか?」

「他に誰が居るんだよ。……以前、そっちの世界の『セフィロス』が、ひとりでコスタ・デル・ソルにやってきたことがあった。そのときふたりで飲みに行って、くだらない話をしたんだがな。そのときに、ほぼ確信したのが、『セフィロス』の貴様に対する想いだ」

「そ、それはどういう……」

 咳き込むようにレオンが訊ね返してきた。

 

 

 

 

 

 

「『クラウド』のことを唾棄すべき人間だと吐き捨てていた。自分の元からおまえの腕の中に逃げ込んで、それでもまだ心のどこかで『セフィロス』のことを想っているクラウドを軽蔑すると……」

「何の話だ?……『クラウド』がどうして、なんの関係があるというんだ」

 唐突に『クラウド』の話をした俺を不思議そうに、ブルーグレイの瞳がオレを見上げる。

「『セフィロス』はな、『クラウド』になりたかったんだ。おまえの懐に守られ、いつでも側にいてもらえる『クラウド』を羨んでいたんだ」

「なっ……!?」

「いくら言ってもアイツはそれを認めないだろう。だが、つきつめると本音はそういうこった」

「『クラウド』がうらやましい……?」

「まったくひねくれた男だ。テメェも少々頭を冷やしたほうがいいというのは賛成だがな」

 いかにもバカバカしいというように、オレは両手を広げてそう言った。

「セフィロス……今言ったことは事実なんだな?本当のことだと信じていいんだな」

 熱に浮かされたような眼差しで、レオンが聞き返してきた。

「おまえ相手にウソついてもしかたねーだろうが。何度もいうが、あの男は認めないだろう。自覚がないんだからな。だが客観的な立場で話を聞いた結果、そういう結論になるんだ」

「う……ッ」

 レオンがうつむいて低く呻く。

「なんだ?」

 と訊ねると、顔を押さえた手の間から赤いものが溢れてきている。

 ……鼻血かよ。

「アホかテメェは……鼻血噴いてる場合か。チッ、仕方ねぇ、ヴィンセントを呼んできてやる。その間、オレの言った話をよくよく考えてみるんだな」

 そう言い残すと、面倒くさいカタブツのために、ヴィンセントを呼びに居間に戻ったのであった。