〜この手をとってささやいて〜
 
<7>
 
 ACセフィロス
 

  

 翌朝。

 案の定、レオンは寝過ごすことなく、しっかりと起床し、ヴィンセントの手伝いにいそしんでいた。以前、コスタ・デル・ソルに迷い込んだときも、同じように早起きしてキッチンにへばりついていたのだが、ここでもその習慣を変えるつもりはないようだった。

「……レオン、その目が赤いようだが、昨夜はよく眠れなかったのだろうか?」

 ヴィンセントにしては、めずらしくも的を射た心配をしている。

「あ、い、いや、その……セフィロスといろいろ話し込んでしまって、つい遅くなったので……」

「だったら、ゆっくりしていればいいのに」

「そういうヴィンセントさんこそ、今朝は少し眠そうに見えるが」

 逆襲というわけではなかろうが、ヴィンセントの顔をのぞき込むようにしてレオンがささやいた。

「あ、い、いや……私は別に……」

「大丈夫か?何か気になることでも?」

 真顔で訊ねるレオンに、オレは盛大にため息を吐きたい気分になった。ヴィンセントがなかなか寝付けなかった理由など、昨晩のレオン自身の話が原因に決まっているではないか。

「あ、そ、その……昨夜、君が話してくれたことを、いろいろ考えてたらドキドキしてしまって……わ、私も、君たちの世界の方の『セフィロス』とは面識があるから」

「そ、そうか、失礼した」

「あ、あやまる必要はない。ただ……君があの『セフィロス』を好きになったというのは、その……なんとなくわかるような気がして。……君のことだ。そちらの『クラウド』のことも考えた上でも尚、その感情を抑えることができなかったのだろう」

 淡く笑いながらヴィンセントが言った。

「あ、ああ、もちろんクラウドのことは大切だ。今も一緒にいるし、彼が求めるのなら、ずっと側にいようと思っている」

「ふふ……そうだな」

「だが……『クラウド』のときとは違うんだ。『セフィロス』のことは、保護欲じゃない。俺自身がどうしても、彼を……」

 ザクザクとレタスを千切りながら、レオンが熱を込めて語る。

 ……いったいどれほどのサラダを作ろうというのだろうか。

「彼のことを考えてしまう。放っておけないんだ」

「……なんとなく君の気持ちがわかる気がする。彼は放っておけない人だな……あんなに綺麗で強いのに、放っておけない危うさがある」

「さすがヴィンセントさんだ。あなたにそう言われると、自分の想いがあながち間違った方向ではないと自信がつく」

 と、レオンが強く頷いた。また鼻血を噴かなきゃいいが。

 

 

 

 

 

 

 朝食を終えた後、レオンはさっそく外出の準備をしていた。

 おおかた、姿を消した『セフィロス』を捜しに行く心づもりなのだろう。

「おい、レオン。どうしても気持ちに変化はないのか。あいつをあきらめる方向にはいけそうにないのか」

 面倒くさそうなオレの問いかけにも、彼は勢いよく頭を振った。

「昨夜も言ったはずだ。俺にとって彼は特別なんだ」

「……ハァ、勝手にしやがれ」

 時間が惜しいとばかりに飛び出していったレオンを見送った後、オレも外着に着替えた。

 どうせレオンは『セフィロス』を見つけ出すことなどできないだろう。

 そもそもコスタ・デル・ソルの地理を知っているわけではない。以前ひとりで迷い込んできたときも、イーストエリアの市場を、ヴィンセントのお供で歩き回った程度なのだから。

「セフィロス……出掛けるのか?」

 台所からわざわざ玄関口まで、ヴィンセントがやってきた。

「まぁな。『セフィロス』もレオン同様こっちの世界にやってきているはずだ」

「そ、そうか……その最近、街や海辺にモンスターが現われたというニュースがある。そ、その、レオンには言いそびれてしまったが、十分注意して欲しい」

「モンスターね。水溶性のヤツか。……まぁ、レオンも大丈夫だろ」

「そ、そうだな」

 と、相づちを打った後、ヴィンセントは意を決したように、あらためて口を開く。

「そ、そ、その……き、君は彼がどこに居るのか心当たりがあるのか……?」

「あ? さぁ、はっきりとはわからんが……」

「セフィロス……?」

「まぁ、レオンよりはな。……ちっ、しかし面倒なことになりやがった」

 吐き捨てるように言ったオレを、心配そうな眼差しで見つめると、彼はふたたび口を開いた。

「あ、あの、セフィロス……」

「なんだ」

「そ、その、もし『セフィロス』に会えたら……あ、会えたら、私も……」

「ああ、わかったわかった。おまえも会いたいんだろ」

 皆まで聞かずとも、ヴィンセントが言いたいことなどハナからわかっている。

 あちらの世界の『セフィロス』が、この家に居た時間は、それほど長くなかったにも関わらず、面倒を見ていたヴィンセントは、たいそう情が移ってしまったらしい。それからしばらくの間は、『セフィロス』『セフィロス』で大変だったのだ。

「上手く会えたらそう言っておく」

 ヴィンセントにはそれだけ、言い残してオレは家を出た。