〜この手をとってささやいて〜
 
<8>
 
 ACセフィロス
 

  

 

 やってきたのは、コスタ・デル・ソル、ノースエリアだ。

 大きな港と空港のあるこの場所が、コスタ・デル・ソルの中でもっとも栄えている。

 別荘地の多いイーストエリアとは異なり、テーマパークや博物館に音楽堂など、文化的な施設もこの地に集約されている。

 民家も平屋だけではなく、高層マンションなどが並ぶ、セレブ街など、金さえ持ってりゃ楽しめる場所が多くあるのもその特徴だ。

 

 オレは勝手知ったる男のねぐらへ足を進めた。

 もちろん、ジェネシスの野郎のところだ。

 

 乱暴にインターフォンを連打すると、目の前の扉が静かに開いた。

 ヤツの居る最上階のボタンを押し、部屋のドアに手を掛ける。そこは施錠されていなかった。

「やぁ、セフィロス。めずらしくも早い時間だな」

 出て来た男は風呂上がりなのか、長身にバスローブという扇情的な姿であった。もっとも、ジェネシスの媚態を見せられても、オレは小指の先ほども煽られることはなかったが。

「どうした入れよ。用事があったんだろ」

「おい、貴様のところに、あっちの世界の『セフィロス』が……」

 と、そこまで言いかけたところであった。

 奥の部屋へと続く扉が、ギィと開くと、嫌と言うほど見慣れた自分自身の顔を見た。

「やっぱりここにいやがったか」

「……貴様は……」

 半分眠っているような表情で『セフィロス』はオレを見た。

「いいからまずは下を履けェェェ!」

 あろうことか、『セフィロス』は、ジェネシスのものらしいシャツを一枚ひっかけ、下には何も履いていない、あられもない格好だったのだ。

「ふぅ……せっかく良い心地だったのに、貴様の声で目が覚めてしまった」

 ふてぶてしくも『セフィロス』はつぶやいた。

「こっちは目が覚めるもクソもねぇ状態なんだよ。どういうつもりだ、レオンを連れ出してくるなんざ……」

 緩慢な動作で、服を着替えながら『セフィロス』は口を開く。

 

 

 

 

 

 

「……なに。ホロウバスティオンの英雄が、相も変わらず夢見心地なうつけたことを言うものでな。貴様に目を覚まさせてもらおうと思って連れてきたまで」

「迷惑なんだよ!」

 覆い被せるようにオレは叫んだ。

「いいか。レオンには今、『クラウド』が居る。貴様が壊しかけた人形を、それは大事に守っている。それなのに……」

「私の知ったことか」

 オレの言葉を遮って、『セフィロス』は口を挟んだ。

「私はただの一度も、レオンを求めたことはないぞ。それなのに、あの男のほうから、たわけたことを言って追いかけてくる。迷惑しているのはこの私のほうだ」

 つんと顔を上げて、オレを睥睨するような眼差しで見つめる。

 この野郎、一発ぶん殴って……

 と、思ったところで、ジェネシスがやんわりと割って入ってきた。

「まぁまぁ、ふたりとも、こんなところで立ち話はなんだろう? お茶を淹れるから、テーブルについて」

 それを拒む理由もなかったので、オレは仕方なく部屋に入った。

「はい、とっておきの茶葉を合わせたブレンドティーだ」

 ジェネシスが手際よくティーセットを扱う。

 もちろん、そんなことでオレのいらいらが消えるわけでもないが。

「ふたりともゆっくり話してくれたまえよ」

 ニコニコ笑いながら、ジェネシスは隣室へ姿を消した。プライバシーに関わる内容を聞くつもりはないというように。

「おい、ボケッとしてねーで、さっさと座れ!」

 オレの物言いに不満があるのか、ヤツは緩慢な動作で、面倒くさそうに椅子に腰を下ろした。

「セフィロス、レオンにははっきりと言ってくれたのだろうな」

 オレが口を開く前に、『セフィロス』のほうからそう訊ねてきた。

「あたりまえだろう。何度もあきらめろと言ってやった。だが、あいつは聞き入れやしねぇ。『セフィロス』が好きだ、この想いは止められないときたもんだ」

「…………」

「オレにガンつけても仕方ねぇだろうが」

「……私はどうすればいい?」

 人ごとのように『セフィロス』が訊ねてきた。

 どうも同じツラをした男といえども、その性格や気質は、オレとは大分異なるようだ。確固たる意志をもち、自身の頭で考え、なにもかもを決定して生きてきたオレとは違い、あっちの世界の『セフィロス』は、時の流れや発生する事象にその身を委ね、たゆとうているように感じる。