〜この手をとってささやいて〜
 
<10>
 
 ACセフィロス
 

  

 

 

 中を見ろということなのだろうか。

 『セフィロス』のプライベートになんざ、何の興味もなかったが、オレはそいつを受け取った。おもむろにメールを開いてみる。

 そこには開封されていないものも含め、みっちりとレオンの名が連なっている。

 少し下の方にスクロールさせると、別の名……オレも知っている『ラグナ』という男の名前が出て来た。

「おまえ、ラグナとも知り合いなのか」

 と訊ねると、『セフィロス』のほうも意外そうな顔をした。

「まぁな。よくよくあの親子とは縁があるらしい」

 と言って笑った。

 オレは羅列されているレオンの名のメールを、ひとつ開けてみる。

『拝啓、『セフィロス』元気にしているだろうか。今日も昨日も一昨日もそのまた前にもメールを送付したが、返信がないので、今これを書いている。君は現在どこにいるのか、まったくわからず、ただいたずらに時が流れゆくのが、甚だ遺憾と……』

「…………」

 オレは無言のまま携帯電話を閉じた。

 砂糖と間違って塩でもなめたようなツラをしていたのだろう。『セフィロス』が面白そうに、

「どうした?」

 と、訊ねてきた。

「いや、別になんでも……」

「メールの返信の仕方……習ったのだがな。なんと返してよいものか、わからなくて」

 皮肉には聞こえない口調で『セフィロス』はつぶやいた。

「そりゃそーだろうな、あの内容じゃな……」

「貴様もそう思うか?」

「コレは……そう思うワ」

「ふっ……ふふふ」

 と、『セフィロス』が笑うとオレも吊られて笑みがこぼれた。

 四角四面なレオンのメール。それも規則的に毎日毎日、律儀に送られて来ている。

「『セフィロス』、今日はうちに行くぞ。ヴィンセントが待っている」

 気を取り直して、オレは『セフィロス』に告げた。

「ヴィンセント・ヴァレンタインか。久しいな」

「うちの連中におまえを連れてこいと言われてるんだ。ヴィンセントなんか思い詰めた目して、玄関口まで送りに来てな。連れて帰らんと、オレが文句を言われる」

 オレがそういうと、『セフィロス』はめずらしくも素直に頷いてくれた。

「……まぁ、よかろう。ヴィンセント・ヴァレンタインには世話になったしな」

 

 

 

 

 

 

 浜辺の砂がサクサクと軽い音を立てる。

 オレと『セフィロス』は、並んで海辺を歩いていた。

 後から考えれば、そんな健康的な移動方法ではなくて、素直に車でも呼びゃよかったのだが、時間がないわけでもないし、なんとなくぶらりと歩くことにしたのだ。

 『セフィロス』と一緒ならば、また空間の裂け目やよじれを見取ってくれるので、それが楽しみでもあった。

「……暑い」

 彼は髪を掻上げると、鬱陶しげにそうつぶやいた。

「常夏の地なんだから仕方ねーんだよ、テメェはもうちっと体力付けろ」

「セフィロス、そこ……少し離れろ」

 『セフィロス』が、面倒くさそうに、手をひょいひょいと振る。

「空間が歪んでいる。狭いがな」

「どこだ、全然わからん」

「……貴様はもうあきらめろ。見えない輩は、いつになっても見えん」

「チッ!ジェネシスのやつがわかるのに、オレがダメだっつーのが納得いかん」

「ジェネシスは貴様に比べれば、まだ繊細なところがあるだろう」

 くすくすと『セフィロス』が笑う。

 イーストエリアの突端にある、見慣れた家が視界に入ってくる。

 のんびりとふたりで歩いてきたおかげで、適度に腹も減っている。レオンが帰ってきているかはわからないが、『セフィロス』を無事連れているのだから、家の連中に文句をいわれることもあるまい。

 今日の『セフィロス』は、黒い仕立ての良いドレスシャツとアイボリーのパンツを履いている。そんな格好のこいつは、どこぞの貴族の坊ちゃんのようにも見える。

 そうしたら、差し詰めオレは、その坊ちゃんを拐かす、人さらいにでも見られるのだろうか。

 そんなつまらないことを考えていたときであった。

 打ち寄せる静かな波が、ざわめいた。