〜この手をとってささやいて〜
 
<12>
 
 ACセフィロス
 

  

 

 

「はぁ、また、チミのところかね。まったくもう車で拉致するのはやめんてもらえんかね、コレ」

 相変わらずの山田医師は、ふぅとため息を吐くと、やれやれといった風に手を広げて見せた。

「先生、どのくらいで、彼の目は回復しますか?」

 ヴィンセントが、必死の形相で、山田医師に訊ねる。

「あー、だからね、さっきも言ったように、今日は洗浄と、薬の注入を済ませたから……、あぁ、これからも、洗浄と目薬を忘れんようにな。そうすれば、一週間くらいで、少しずつ見えてくるのではないかと思いますよね、コレ」

「ちょっとぉ、あまりにもアバウトじゃない、センセ。一週間くらい?モンスターの毒なんでしょ?毒消しがあれば一発なんじゃないの?」

 ヤズーが山田医師に確認する。

「モンスターといってもいろいろだからしてね、コレ。最近、見るようになった新しい品種のものだから、まだ特効薬がないのであって。従来通りの毒消しを、洗浄した眼球に垂らしてやるのが一番なんじゃよ、コレ」

「そ、それで、先生。他に気をつけることはありませんか。食事療法があるのなら、それも試してみたいですし」

「いや、普通に栄養取っておけばいいんじゃないかね、コレ。じゃあ、我が輩はこれで失礼するからね」

 山田医師はそういうと、当座の薬を置いて帰って行った。

 

「『セフィロス』、可哀想に。でも、もう心配は要らない。薬ももらったし、治るまでの間、ここでゆっくりしていけばいいのだから」

 ヴィンセントが手を取って、そう告げた。

 『セフィロス』本人は目に包帯を巻かれた格好で、ソファの片隅に小さくなっている。まるで負傷した小動物が我が身を守るように。

「さあ、もう昼だ。なにか食べなければいけないぞ。君の好きなものを作るからなんでも言ってくれ」

「ヴィンセント・ヴァレンタイン……」

「目が心許なくて食欲が沸かないかも知れないが、スープなどはどうだろう。君はミネストローネが好きだったな」

 ことさらに声を励まして、ヴィンセントがいう。

「目が……見えないから食べられない」

 『セフィロス』はぼそりとつぶやいた。

 

 

 

 

 

 

「甘ったれんな。十日前後の我慢だろう?」

 オレがそういっても、『セフィロス』は返事すらしない。どうやら完全に引きこもりモードに入っているようだ。

 どうも、あっちの世界の『セフィロス』は、自身が弱っているときほど、人に交わらず、孤独を好むようだ。まるで拗ねた子どものように、殻に閉じこもってしまう性格らしかった。

 『存在しない世界』のときも、そうだったし、前回こちらに来たときは銃創を負っていた。不調のときならば、素直に他人の好意を受ければよいのに、それができないらしい。

 

 ちなみにレオンはまだ、家に戻ってきては居なかった。目に包帯を巻いた姿の『セフィロス』を見たらまた大騒ぎだろう。後で携帯に連絡を入れてやろう。

 

 サンルームに『セフィロス』の寝台の準備をしにヤズーが出て行くと、ヴィンセントはキッチンへ向かう。

 自然とオレがその場に取り残される形になるので、仕方なく『セフィロス』の面倒を見ることにする。

 もっとも『面倒を見る』とは言っても、ひとりではまともに動けない状態なのだ。

 ソファの隣に座り、声を掛ける。

「おい、もうすぐメシになるぞ。おとなしく座ってろ」

 そういうと、さも今回の怪我がオレのせいだと言わんばかりに、つんと顔を持ち上げて、そっぽを向いた。

「食欲などわかぬ。あのおぞましいモンスターのせいで……」

「まぁ、確かに気色悪くはあったが……」

「そもそも貴様が、ヴィンセント・ヴァレンタインの忠告をきちんと聞いていないことが発端ではないか。こんな情けない……」

 目が見えない姿というのが、ひどくみっともないと考えているのだろう。しかも今回はレオンがいるのだ。よけいに嫌な気分だというのは想像できる。

「いいから、完全に治るまで、じたばたせずにこの家に居ろよ。ひとりで無茶して帰ろうとなんざするなよ」

「…………」

「……おい、返事は」

「貴様に指図されるいわれはない」

 ふいと横を向く姿が憎々しげだが、さすがに手を出すわけにはいかない。

 オレは、一度、レオンと連絡をとるべく、席を外した。