〜この手をとってささやいて〜
 
<13>
 
 ACセフィロス
 

  

 

 

「ただいま戻った!『セフィロス』、『セフィロス』は……!」

「ああ、もう大声出すな。昼飯食べさせて、寝かせたところだ」

 オレは廊下を走ろうとするレオンを、片手で止めた。

「別に『セフィロス』は逃げやしねェ。静かにしてろ」

「わ、わかった。あ、ヴィンセントさん、『セフィロス』は……」

「レオン、お帰り。……大丈夫、落ち着いて眠ったところだ」

 しーっというように指を立ててヴィンセントが言った。遮光カーテンを下ろしたサンルームのほうに目配せをする。

「君も昼食がまだだろう。出来ているから食事にしたまえ」

「え、あ、ああ。その……とてもそれどころじゃないと思って……」

 走って帰ってきたのだろう。レオンはまだハァハァと息をあげていた。

「大丈夫だ、医者にも診せたし、手当も終えている。少々時間がかかるが、必ず治るから」

「はぁ……そうか……よかった」

 気が抜けたようにレオンが椅子に腰を下ろした。いや、むしろ頽れたといったほうが正しいのかも知れない。

「むしろ……良かったのかも知れないな。この場所で足止めになったのは」

「なんだ、どういうことだ」

 レオンの何かを含むような言葉に、オレはすかさず訊ね返した。

「ホロウバスティオンから繋がる空間に、『セフィロス』の世界がある」

「『セフィロス』の世界……?」

「そうだ。植物もなく、延々と墓標の続く果てに、人形の城があるんだ」

 眉間にシワを刻みながら、レオンは応えた。

「彼はそんな場所にひとりでいるらしい。生きているものは何一つ無い、無機質な世界にただひとり……」

「…………」

「ホロウバスティオンに戻ったならば、きっとまた『セフィロス』は姿を消してしまうだろう。負傷したのならば尚のこと、皆の居るコスタ・デル・ソルに留まるのは正解だ」

 ヴィンセントに促され、おとなしく食卓についたレオンは、そう言って話をまとめた。

「俺も『セフィロス』の世話を手伝わせていただく。本当にこの家の方たちには迷惑をかけて申し訳ない」

「レオン、気にすることはない。困ったときはお互い様というだろう。それに私は、君たちにふたたび会うことが叶って、本当に嬉しく思っているのだ。どうか、この家に居る間、君も楽しんでくれたまえ」

 いかにもヴィンセントらしい、お人好しのセリフだが、実際のところ、『セフィロス』の目が治るまでは身動きがとれまい。それなら妙に気を張っていられるよりは、力を抜いていてもらった方が付き合いやすいというものだ。

 ただでさえ、レオンは四角四面のくそ真面目野郎で、まともに相手をすると疲れるのだから

 

 

 

 

 

 

「……む」

 昼飯を食わせた後、そのまま眠り込んだ『セフィロス』だが、さすがに夕方には目を覚ました。もっとも目を覚ましても、包帯を巻き解けた両目ではなにも見えなかろうが。

「『セフィロス』、目が覚めたのか……ああ、いきなり起きては危ないから、ゆっくりゆっくり……」

 すぐに、ヴィンセントが、サンルームに移動して、彼を抱き起こした。

 小声で『レオン』とやつを呼ぶと、レオンは、すぐさまヴィンセントの呼び声に反応して、サンルームに足を踏み入れた。

「具合はどうだ?痛みは治まっただろうか」

 静かな声でヴィンセントが訊ねる。

「ヴィンセント・ヴァレンタイン……問題ない」

 手で白い包帯を押さえながら、『セフィロス』はそう応えた。

「『セフィロス』。レオンが君を心配している。今、ここに来てくれているから……」

「…………」

 押し黙ったままの『セフィロス』に、レオンが声を掛けた。

「『セフィロス』……大丈夫か?」

「レオン……貴様はすぐにホロウバスティオンに戻れ。ジェネシスならば、空間のゆがみを感じ取れるはずだ」

 『セフィロス』はあまりにも素っ気なくそうつぶやいた。

「何を言っているんだ。アンタを置いて帰れるはずがないだろう」

「……私は目を負傷しただけだ。別に貴様が居らずとも、治療を終えたなら、ひとりで戻る」

 ツンデレという言葉があるそうだが、どうやら、対レオンでは、それは発揮されないらしい。どう見ても、ひたすらツンツンしているように感じられる。

「……もっとも、行きに通った空間のゆがみは、時間圧縮が万分の一だったからな。同じ場所を通れば、数分の誤差でホロウバスティオンに戻れようがな」

「だったら、尚のこと、アンタの怪我が無事に癒えてから、共に帰りたい」

 レオンは声を励ましてそう言った。

「……好きにしろ。ヴィンセント・ヴァレンタイン、喉が渇いた」

 話は終わりというように、ヴィンセントに向かってそう言った。

「さっぱりしたジュースがいいかな。それとも温かい茶のほうが落ち着くか?」

 甘やかすようなヴィンセントの言葉に、ヤツは素直に、

「ジュースがいい」

 と応えると、ふたたびベッドの中に潜ってしまった。