〜この手をとってささやいて〜
 
<15>
 
 ACセフィロス
 

  

「ヤズー、『セフィロス』の風呂を頼む。私はベッドメイクをするから」

 時計を見れば夜の九時過ぎ。晩飯の食休みとしては十分な時間を確保してから、ヴィンセントがイロケムシに声を掛けた。

「ハイハイ、オッケー。じゃ、『セフィロス』お風呂入ろう。その前に包帯はもういらないよね」

 さっさと包帯を取ると、目を閉じたままの『セフィロス』の顔が現われた。

「山田先生は、ずっと目を閉じてろとは言ってなかったから、あまり気にしなくていいんじゃない。見えないのはしばらくの間、仕方ないからね」

「ああ」

「じゃ、『セフィロス』、俺の手につかまって」

 そういうと、ヤズーは慣れた調子で、さっさとバスルームに姿を消したのであった。

「……『セフィロス』は、他人と風呂に入るのを恥ずかしがったりはしないのだな」

 しみじみとレオンがつぶやいた。

「あいつはちょっとズレてんだよ。素っ裸見せるのは恥ずかしくなくても、ぬかるみで、手ェつなぐほうが、抵抗があるってヤロウだからな。特にイロケムシ相手に、いちいち恥じらったりはしないだろうよ」

「……ヤズーもヴィンセントさん同様、彼に信頼されているということか」

 はぁ〜と深いため息を吐くレオンであった。

「どうしたのだ、レオン。そんなふうに肩を落として……」

 ベッドメイクを終えたヴィンセントが、気落ちしているレオンに声を掛ける。

「いやその……『セフィロス』はずいぶん、ヴィンセントさんや、ヤズーに馴れているのだなと……」

「ああ、以前、この世界に迷い込んだときにも、同じように世話をしたから……あまり戸惑いがないのだろう」

 そうだ。あのときは、もっと重篤な怪我を負って、我が家で保護した。もっとも、その負傷は、この家の家人を守ってという事情だったから、看病する側にも力が入るというものだ。

「それより、レオン。『セフィロス』だが、サンルームに寝かせている。君も同じ場所になってしまうが、それでもかまわないだろうか。もし気になるようなら、私が『セフィロス』と一緒の場所に寝るから、私の部屋を使って……」

「か、かまわない。『セフィロス』と一緒に休もう。何か注意すべきことがあるなら、事前に教えてもらえれば有り難い」

 慌てたように言葉を重ねるレオンに、苦笑する。

「そうか?ソファベッドでは眠りにくいのではないか?」

「まったく問題ない」

 レオンはそう言いきった。

「そ、そうか。……だったら、熱が出ることは考えにくいが、念のために、鎮痛剤と水差しを置いておいてくれたまえ。……それに『セフィロス』のこともそうだが、君だとて慣れぬ場所に来ているのだ。体調には十分気をつけて……」

 ヴィンセントの注意はくどくどと続くが、レオンはひたすらに頷いて、了解の意を示しているのであった。

 

 

 

 

 

 

「よう、早いな。夕べはどうだったんだ。首尾良くいったのか?」

 朝早くから、無言でレタスを千切っている男に、声を掛ける。

 食事の支度の手伝いは、自らに科せられた使命と思っているらしいレオンだ。

「下世話な言い方をするな、セフィロス。昨夜は……話すらできなかった」

 はぁと深いため息を吐いて、レオンがうなだれる。

 くわしく聞いてみると、レオンが話しかけようとしたときには、『セフィロス』のほうは、すっかりと眠り込み、鎮痛剤等の出番もなく、そのままひとつ屋根の下で寝ただけだというのだ。

「ふん、情けねーな」

「バ、バカな!アンタはこの俺が、この家で、『セフィロス』相手に何かするとでも思っているのか!しかも彼は目が見えないんだぞ」

 レオンが大声を上げると、ヴィンセントが奥から出て来た。

「どうかしたのか、レオン。ああ、セフィロス、君も今日は早いのだな」

「あ、ああ、いや、なんでもない。セフィロスがバカなことをいうものだから……」

「ふふ、君たちふたりはずいぶんと仲が良いのだな。うらやましいくらいだ」

 と、またもや明後日のセリフを口にしつつ、ヴィンセントは朝食の準備に戻ったのであった。

「ヴィンセントさん、頼みがある」

 そう口火を切ったのはレオンだった。オレがここにいるのにもかまわず話を続ける。

「そ、その、『セフィロス』の食事の世話を俺にさせて欲しい」

「食事の……?それはまぁかまわないが……」

 不思議そうにヴィンセントが首を傾げる。

「……その、どうも俺は『セフィロス』に警戒されているようで……できることなら、その誤解を解いておきたいんだ。無事に食事をさせることができれば、気を許してくれるかもしれないし、いや、それはまだなんとも言えないが……」

「……わかった、ようは仲直りしたいと言うことだな。それならば、君に任せよう。困ることがあれば、私を呼んでくれればいいから」

 ニコニコと微笑んで、ヴィンセントが請け合う。

「ああ、頼む、ヴィンセントさん。『セフィロス』のいうとおり、先にホロウバスティオンに戻るつもりなど無い。彼の治療が終わったら、ふたりで帰るつもりなのだから」

「そうだな。そのほうが私も安心だ」

 まったく邪気のない笑顔でヴィンセントが頷いた。